第28話 黄昏の国


「宇多方」について語ろう。


 夕暮れに繁華街を歩いていると、見知らぬ裏路地に迷い込むことがある。周囲に人の気配はない。建物はひび割れ、家屋は崩れ落ちていて、まるでゴーストタウンだ。手元に地図があったとしても、現在地がわからない。そんな場所はどこにもない。


 こういう時、パニックに陥らないことが肝要である。落ち着いて歩いていれば、いつか帰り道が見つかり、半日ほどで戻ることができるはずだ。ただ、日頃の行いの悪かったり運が悪かったりすると、戻れないらしい。


 ここに「戻り人」の手記がある。少し抜粋してみよう。



「僕が小学校の低学年だったとき。夕暮れ時に、祭囃子に誘われて、一人でブラブラしていた。小さな公園で、盆踊りが行われていた。見知らぬ顔ばかりだけど、みんな笑顔で本当に楽しそうだ。


 身体がうずうずして、僕は盆踊りの輪に入った。たちまち汗まみれになったが、楽しくて仕方がない。笑いが止まらなかった。


 気のいいお兄さんから、カキ氷を御馳走になった。初めて味わう甘さだった。毒々しい色の金魚すくいも楽しんだし、その隣では大きな鈴虫を売っていた。手のひらサイズのそれは、電話機みたいな泣き声だった。


 浮かれて遊んでいたから、自分の境遇に少しも気付かなかった。僕はその時、別界に迷い込んでいたのだ」(抜粋終わり)



 彼は運がよかったので、数時間で現世に戻ることができた。もっとも変化がなかったわけではない。現世では、数週間が経っていたという。


 別界。僕自身は行ったことはないけれど、そこは薄赤く染まった空間であるらしい。そのため、「黄昏の国」と呼ばれている。




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