第21話 公民館の染み


「宇多方」について語ろう。


 桃乃華市の住宅地にある公民館の床に、大きな染みがある。不気味な深緑色をしており、悪臭を漂わせている。おそらくカビなのだろうが、いくら拭いても薬剤を使っても、汚れを落とせないらしい。


 ある時、僕は気が付いた。大きな染みは見る角度によっては、人影のように見えるのだ。盛り上がった両肩から伸びた長い腕。それに比べて細くて貧弱な下半身。人影のように見えると言ったが、より正確を期すなら、やせたゴリラのようなシルエットだ。


 公民館の年配スタッフによると、この染みは魔物の影だという。スリムな猿人のような魔物が十数年前、公民館の中に突如現れたという。当時は動物園のゴリラが逃げたのだ、と大騒ぎになったらしい。ただ、その猿人は町民たちの前で、突然消え失せたらしい。後には、なぜか、大きな染みだけが残された。


 不気味な話は、ここからである。年配スタッフによると、問題の染みは毎日少しずつ動いているというのだ。にわかには信じがたいが、現場にビデオカメラを設置して、定点観測を試みた。


 翌日、現場に顔を出すと、わが目を疑った。大きな染みが一晩のうちに消えていたのだ。ビデオ映像を再生してみて、さらに驚いた。大きな染みが盛り上がって、毛むくじゃらの猿人の姿になったのだ。


 スリムな猿人はカメラ目線になり、しばらくとどまった後、ゆっくりと歩み去っていった。


 幸い、公民館は定点観測の事実を知らない。説明のつかない現象なので、関わり合いを持たない方が無難である。もちろん、ビデオ映像を公にするつもりもない。




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