第16話 消えた花嫁


 宇多方について語ろう。


 数年前、桃乃華駅に隣接したホテルで、奇妙な出来事があった。結婚式がはじまる直前に、突然、花嫁が消えたのである。


 花嫁につきそっていた介添人かいぞえにんが目を離したのは、ほんの一分足らずにすぎない。こっそり廊下に出ることぐらいはできただろう。しかし、花嫁衣装を身につけたまま、人目のある廊下を通過して、ホテルから抜け出すことは絶対に不可能である。


 家族とホテルのスタッフでは見つけられず、警察まで呼ばれたのだが、ついに花嫁を見つけることはできなかった。


 花嫁は一体、どこに消えたのか?

 どうやって、人目につかずに消えることができたのか?


 一つの仮説がある。花嫁の女性は、大学のミスコンで優勝するほどの美人だったらしい。それならば、あちら側に呼ばれても不思議ではない。「あちら」とは別界を意味する。


 つまり、別界の魔物に見初められ、連れ去られたのだろう、ということだ。


 そもそも宇多方には昔から、若い女性が魔物にかどわかされて別界で子供を産む、という言い伝えがいくつも残っている。他の地方なら笑い話にもならないが、宇多方では充分ありうる話である。


 その後、消えた花嫁が帰ってきた、という話は聞かない。夫になるはずだった男性は、今でも彼女を愛しており、帰りを待ちつづけているらしい。戻り人として帰ってくる可能性があるが、それが三年後になるか、十年後になるかは誰にもわからない。


 消えた花嫁が別界で産んだ子供が、どのような姿であるかも、当然わからない。

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