第10話 二〇三号室
宇多方について語ろう。
馴染みの美容師から聞いた話である。彼は二十代の男性で、宇多方生まれの宇多方育ち。桃乃華駅の近くにある美容院に勤めており、ワンルームマンションで暮らしている。
三年前から一階の一〇三号室に暮らしているのだが、半年ほど前から真上の騒音に悩まされるようになった。真上は二〇三号室である。例えば、ドスンドスンといった大きな音、パァンという何かの破裂音、チェーンソーやドリルのような作動音が聞こえるという。
管理人が現在入院中なので、相談することもできない。美容師は業を煮やして、直談判を行うことにした。二〇三号室のドアをノックすると、それまでの騒音がやんだ。
だが、いくら待っても、住人が出てくる気配はない。ノックをしても声をかけても、無反応である。今さら居留守を決め込むつもりなのか。
ドアノブを回してみると、鍵がかかっていない。「開けますよ」と声をかけてから、ドアを開けた。ワンルームなので、玄関から部屋の奥まで見渡せる。
第一印象は、やけに赤い部屋だな、ということ。壁も床も部屋中が、夕焼けのような色に染まっていた。あと、家具や電化製品も一切なく、部屋は空っぽだった。床にはうっすら、ほこりが溜まっている。
その時、奇妙なものが視界に入ってきた。天井の方から、ふわふわと舞い降りてきたのだ。蛍光灯の近くに浮かんでいるのは、真っ赤な風船だった。もしかしたら、部屋の色が反射していたのかもしれない。
美容師は即座に、やばいと思ったらしい。おかしな話だが、風船が彼の姿を認めて、よだれを垂らしたような気がしたのだ。反射的に後ずさり、ドアから飛び出して、自分の部屋に駆け戻った。
再び、二〇三号室の騒音が始まった。もう、ここにはいられない。美容師は荷物をまとめて、マンションを後にした。その夜は、ビジネスホテルに泊まったらしい。
後日、引っ越しをする際に、さりげなく確認したのだが、二〇三号室はずっと空室だったらしい。半年ほど前から始まった騒音は、例の風船の仕業だったのだろう。
「風船の正体は何だったと思う?」と訊いてみると、「別界の魔物に決まっている」という答えが返ってきた。
二〇三号室の中が赤く染まっていたのも、別界と無関係ではないだろう。
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