第9話 泥介の森


 宇多方について語ろう。


 戦前までは、土葬が行われていた。めったにないことだが、埋められてから息を吹き返した者がいたらしい。江戸川乱歩の小説のようだが、実際にあった話である。


 郷土史家の資料によると、ある年の暮れ、森近くの村で泥介という名の男が亡くなった。土葬をした翌週、死んだはずの泥介を見たという者が相次いだ。


 村人たちが泥介の棺桶を確認すると、案の定、空っぽである。目撃者によると、よみがえった泥介は緑色の肌をしており、吐き気をもよおす腐臭を撒き散らしていたという。どうやら、魔物としてよみがえったらしい。


 泥介は森に住みつき、やがて人を襲うようになった。特に若い女を好んだ。首筋に噛みついては、全身の血を吸いつくして、殺害した。


 まるで吸血鬼のようだが、明らかに違う点がある。噛まれた者が泥介の下僕になったり永遠の命を得たりすることはない。無残に殺されて、ミイラのようにされるだけである。


 村では、森に近づくことが禁じられた。それでも、よそ者や旅行者の被害者が出続けた。泥介が里に下りてきて、村人を襲うこともあった。


 三年ほど経ったとき、落雷によって山火事が発生し、森は全焼した。被害者の遺族が放火したという噂もあったが、真相は藪の中である。仮に放火であったとしても、村人たちは犯人に共感したことだろう。


 それ以来、泥介に襲われる者はなくなった。村の位置は、現在では奈楽市の北端にあたる。平成になった今でも、泥介の噂は囁かれている。都市伝説のように、忘れた頃によみがえるのだ。


「陽が暮れたら、森には絶対に近づくな。泥介に血を吸われて、ミイラにさせるぞ」

 それは宇多方の人々の戒めとなっている。

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