第18話 領主館



 領主館への道も、だいぶ歩きやすくなってきた。


 硬く固まった雪が残ってはいるが、陽が当たる日は溶けた水がしとしとと流れを作っている。

 滑る足元には注意が必要だが、ときどき顔をあげると、山の麓に見える湖は針葉樹の濃い緑を映し、風で波が立つと日の光がキラキラと反射して、美しかった。


「あ、ふきとうが出てる」


 陽の当たる場所で、雪の合間に顔を出した山菜をみて心躍る。日本でも食べた蕗味噌の味を思い出し、じわりと舌が潤んだ。


 日本発の乙女ゲームだからか、この国には四季があるし普通ヨーロッパでは見ない蕗の薹やヨモギでも普通に生えてくる。蕗の薹の近くにはスノードロップの蕾も見られたりして、植生の設定はかなり謎だ。


 ちなみに東ノ国産という名称で、王都のお店では和風な調味料なども手に入れることができる。輸送の費用でだいぶお高いのが玉にきずだが。

 次に王都へ行ったときには味噌を買ってこようと心に誓った。


「帰りに採って戻るか?」

「お時間いただいてもいいですか? 子どもたちには苦いでしょうが、栄養があるのでなんとか食べさせたいです。残ったあまりは大人たちで楽しんでしまいましょう」


 保存食も日本ほどは発展していない世界。

 基本的に根菜など日持ちするもの以外は酢漬けにしたり塩漬けにしたりと味が濃く、子供の体には合わない調理法になっている。

 寒い時期の新鮮な葉物野菜や山菜は貴重だ。


 前世のように天ぷらにでもしたいところだが、油をふんだんに使う料理は贅沢なもの。ということで除外しつつ、揚げ焼きだったら油も節約できるかしらと考えつつ、クラウスと歩みを進めた。


 二十分ほど歩けば、三角屋根の領主館にたどり着く。

 雪が溶けて青い屋根が顔を覗かせていた。


 領主館の周りには、村の中央広場と井戸、いくつかのグループで固まるようにして石造りの個人宅が点在している。

 私はそれをクラウスに説明しつつ、領主館のドアノッカーを叩いた。そして、すぐに開ける。


「ごめんください、フローラです」


 外套を脱いでいると、奥の方からカツカツと床を叩く靴音が響いてきた。


「フローラさま! ようこそお越しくださいました!」


 タイトスカートに、ケープ型のトップス。

 つい王城のお仕着せ姿と重ねてしまう癖を改めなければ。

 そう内心反省しながら、上気した頬で笑うミーナに再度挨拶をした。


「ミーナ。ご機嫌いかがですか?」

「フローラさまにお会い出来て嬉しゅうございます。本日は、どのようなご用件ですか?」


 クラウスが全く目に入っていないその様子に苦笑する。

 ミーナはかつて王城に勤めるメイドだったのだが、彼女の家族が重い流行病はやりやまいに倒れ困っていたところを、私が治療して以来すごくすごく慕ってくれている。


 王子達とのエンカウントを防ぐ手伝いをしてくれたり、こうしてここまで付いてきてくれたりと、もう十二分にお返しをしてもらっているのだが、彼女曰くまだまだ足りないらしい。


「フローラさまが私の家族だけでなく、王都全域の救護で毎日遅くまで働いてくださったこと、一生忘れません」


 と、こちらへ旅立つ日にそう言っていた。


「今日はね、お手紙を出してもらうために来たの。それから、こちらはクラウス様」

「お初にお目に掛かる」

「はじめまして。領主館職員のミーナにございます」


 ミーナが綺麗なカーティシーをする。

 クラウスも優雅に礼を受け取った。その仕草で気付いたのだろう。ミーナが隣国の名前を口にする。


「そう。クラウス様は、隣国からお越しよ」

「家名はありません。今はまだ」


 彼はそう言って、ちらりとこちらを見る。

 つい顔に血が巡った私はあわてて咳払いをした。


「その、一応、婚約者ということになるわ」

「!!」

「まだ口約束なのだけれど」


 もじもじと口にする私を、クラウスが満足気に見ている。包帯の隙間から覗く表情は、貴族らしい微笑のままだったけれど、目に面白がる色が混じっていた。

 もう二十にもなって、なんて照れくさいんだろう。

 ミーナがそんな私の顔を凝視していた。


「フローラさま」


「揶揄わないで」というメッセージをのせた視線でクラウスを見上げる私に、ミーナがおずおずと確認してきた。


「フローラさまのお心どおりなのですね……?」

「ええ、ミーナ」


 強いられたものではないのかと、それを問う薄紫の瞳。

 そう言えば、ミーナは私が王都に居る間に迫られる私をよく目にしていた。どこかの貴族子息から逃げていたとき、使用人通路に匿ってもらった日が懐かしい。


「であれば、ようございました。フローラさま」


 すみれの花が開くように、ミーナが微笑む。

 おめでとうございます。と、二、三度頷いた。


「ありがとう。今日はそのお伺いをたてるための手紙を王都に送りたいの。ルーカスさんは居る?」

「所長でしたら、執務室です。ご案内しますね」


 照れ隠しのため、少し早口になる私を微笑ましく見ながら、ミーナが私たちの外套を預かる。中央の階段を上ったすぐ近くにある来賓室に通され、お茶をいただきながらルーカスを待った。


 当然のように隣に腰掛けるクラウス。

 やたら機嫌がいいのが、日が浅い付き合いでもよくわかって私も可笑しくなってしまった。

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