第17話 クラウス様と子どもたち


 思いもしない流れで、婚約者持ちになってしまった夜から数日が過ぎた。


 まだ火傷痕が大きいクラウス。おそらく表情を動かすと引き攣るのだろう。

 口の端をわずかに引き上げる程度だったが、笑顔になると纏う空気が柔らかくなることを知った。

 こうやって彼のことを思い返すと、数珠繋ぎのようにプロポーズを思い出してしまって、照れ臭さに突発的に顔を覆ってしまうことが増えた。


 それを不思議がる子どもたちに言い訳したり、うすらと勘付き問い質してくるライラ達に冷やかされ、または祝福されながら、私はまず最初に父に手紙を書いた。

 それから、公爵令嬢だった王太子妃様にも。


「クラウス様、急ぎの手紙はありませんか? 以前言っていた魔導士ルーカスさんに送付を頼もうと思うのですが。よければ一緒に持っていきます」


 それらを書き上げた日の翌日、私は鍛錬を再開した騎士団で、顔を包帯で覆っているクラウス様に声をかけた。

 薄曇りの空が冬の終わりを感じさせる。その下で、騎士達は二人一組で剣の型を修練しているようだ。

 太い男達の声に混ざって、ヤー! と高い声も中庭に響いていた。

 見れば騎士達の横で真似るように、数人の子どもたちがままごとのような運動をしている。

 雪でぬかるむ土をあちこちに付けて、やんちゃ隊長のピピンが声を上げた。


「包帯騎士さま! シスターが呼んでる!」

「呼んでる!」

「シスター来た」


「ああ、ありがとう」


 まるで木霊こだまのように子ども達の間を伝播していく声。

 以前旅の途中で会った土の民を思い出しながら、クラウスを待った。


「フローラ、手紙はいつ出しに行く?」

「私は書き終わりましたので、明日にでも」

「では明日、供をしていいだろうか」


 ルーカスはいい人だが、いかんせん貴族に対しての礼儀が適当というか……危ういのだ。そして魔術の方に色々な優先順位が大きく傾いている。


 あれは私が旅の褒美に領地を賜ったころだっただろうか。

「フローラさんに着いていくって決めてから、方々から喜ばれました」と、大きな荷物を亜空間にしまいつつ、分かりやすくのけ者にされてしまったとカラカラ笑っていた。

 その頃の私はルーカスを案じて心を砕いたものだが、なんと声をかけて良いか迷う私に「あ、荷物持ちますよ」と言って父が山ほど持たせようとしていた家具も亜空間に仕舞ってくれたりした。

 切り替えのはやさに驚き、その魔法力にさらに驚かされた数ヶ月前を思い出す。


 ちなみに乙女ゲームヒロインよろしく私も収納魔法が使えるのだが、その許容量はルーカスには遠く及ばない。大きなバックパック分くらいだ。ゲーム上のビジュアルの問題を解決する策なのだろうなとメタいあたりをつけている。

 あの旅にルーカスがついてきてくれていたら、もっと楽だったのになあと何度も思った。


「フローラ?」

「ああ、すみません。もちろん大丈夫です。領主館の皆さんもご紹介します。その……あまり驚かないでくださいね?」


 つい心配の種に意識を飛ばしてしまった。気を取り直して視線を戻すと、白い包帯の隙間から、クラウスの青い瞳が覗いている。


「ここの子どもたち以上に驚くことはないと思うが」


 と、優しい声でクスリと笑っていた。


 聖堂の小部屋から司祭館へ移ったその日に鍛錬を再開したクラウスは、子ども達を怖がらせない配慮、と言って火傷痕を包帯で覆うようになった。

 けれど対面させた初日に、子どもたちから「ちゃんと顔を見せてくれ」と言われたらしい。

 子どもたちを代表して、ピピンがその薄い肩をクラウスに見せた。


「おれも傷があるから、大丈夫だ!」


 戦火を生き延びた子ども達には、傷痕を持つ子も少なからずいる。しかしそれがトラウマになるでもなく、復讐に心を燃やすでもなく。

 もしいつかまた魔獣が来ても、同じ目に合わないよう自らを鍛えたいと望む姿勢に驚いていたようだった。


 クラウスはきちんとその顔を子どもたちに見せ、ひとこと何かを話したあとまた包帯で顔を覆ったという。


 それから、ピピンをはじめとする数人の子どもたちが騎士団と共に運動をするようになった。

 下働きをメインに担う年若い騎士に道具の手入れの仕方なども教わっているらしい。

 ときおりロドリゴが剣の構え方や倫理を教える日もあった。パトリックは各魔物の構造や特性なんかも教えてくれているとか。

 ロドリゴ曰く、体術はピピンが。座学はティオが飲み込みが早く素質ありとのこと。


「希望する子らには、ゆくゆくは戦術も教えても面白いだろう」

「包帯騎士さま! 俺! 俺も知りたい!」

「ピピンよ、お前さんはまず礼節を学ばにゃならんぞ」


 そうロドリゴに叱られながらも、ピピン達は生き生きとしていた。


 声変わり前の中性的な掛け声が響く中庭で、ふと子ども達が以前から「何かできることはない?」と聞いて回っていたのを思い出す。

 将来の為にと言って読み書きをただ学ぶよりも、魔物に対しての力を蓄える学びは手応えを得られたのだろう。

 私たちに出来た最善ではあったものの、どこかぼんやりと遠くを見ていたか細げな背中が、短い期間ですっかり生気の溢れる姿になったのを眩しい思いで眺めた。


 ちなみにあとからピピンにクラウスとの話の内容を聞いたけれど、男の秘密だと言って口をつぐんでいる。

 クラウスを見上げ、やけに楽しそうな顔に、気になりながらも肩をすくめるしか無かった。


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