第19話 邂逅
ミーナの采配だろうか。
来客室は白と藍、差し色でダークグリーンが入ったファブリックで統一された落ち着いた内装に変わっていた。
冬だから生花こそないものの、領内の湖や山々を描いた絵画などが自然に配置されている。
湖畔には藤の花が咲き、山並みは青く夏の鳥が飛んでいる。
紅葉の山頂への道。上から下まで見事に凍った滝。
よく見ればこの土地の四季だ。
いつも直通でルーカスのいる執務室に向かうから、新鮮でさえある。
クラウスと並んで座り、一息つかせてもらった。
「見事な絵画だ」
「ええ。来る途中に見えた湖もありますね。私も、こうしてゆっくり眺めるのは初めてかも知れません」
私がこの土地に来たばかりの頃には、来賓室とは名ばかりで、乱雑した書類に埋もれるようにいくつもデスクがあった。
無人ゆえのすえた匂いがして、調度品などはもちろん何もなく。ソファやコーヒーテーブルには白い布が掛けられた跡があり、負傷者でも寝かせたのか染みる血痕が残っていた。
今でもありありと思い出せる。
部屋の隅には朽ちた鎧や、武器にしていたのか農具などが積まれていて、床のカーペットは泥で汚れ、歩くとざらざらした。
テーブルの中央にはたくさんバツ印のつけられた大きな地図。魔獣に関する文献の数々。
それを囲むように椅子や筆記具が散っていた。
この場でどういう会話がなされたのか、すぐ想像できるような。
ただの部屋だけれど。人々が魔獣に抗い、戦った生きた証がそこにはあった。
そこにいた人たちについ頭を下げたくなるような、厳かな気持ちになったことを覚えている。
「……いらしたようだ」
物思いに耽っていると、クラウスがふとそう漏らした。来賓室前と中はカーペットのおかげで靴音が全くと言って良いほど聞こえないのに。武に精通するひとだけがわかる何かや音があるのだろうか。
ずっと姿勢のいい状態で座っていた彼がドアに視線をやったと同時に、コツコツとノッカーが鳴った。
「失礼いたします。所長をお連れしました」
「どうぞ」
ミーナの声から一拍置いて、ドアが開かれる。
魔塔のローブを着たルーカスと、補佐官のダリルが姿を現した。
「お忙しいところすみません。ルーカスさん」
「やあ! ごきげんよう領主様。今日はどうされましたかな?」
ダリルが、クラウスの包帯にかすかに目を見張るのを横目に挨拶を交わす。
元来、人間にはあまり興味の無い性質のルーカスだ。クラウスに対してもそうかと思ったが、意外なことに、ルーカスもクラウスを凝視していた。
ほんの短い時間、沈黙が場に流れる。
ミーナが来賓室から辞すためそっとドアを閉じた音でダリルは傷跡から視線を外し表情を改めたようだったが、ルーカスはそのままだった。
仕方がない。
「ルーカスさん。まずは紹介させてください。今逗留してくださっている、クラウス様です」
「クラウス様、こちらは王国から派遣されて代官を務めてくださっている魔塔のルーカス様です」
「……」
「……お初にお目にかかる」
「しがない魔法使いのルーカスです。よろしくお願い申し上げます。お目にかかれて光栄です、閣下」
この国では身分が上のものから先に声をかけるルールがある。
外国から逗留する体をとっているクラウスが待ってもルーカスは観察をやめずにいたせいで、やむ無く先に声をかけることにしたようだ。
だのにルーカスはクラウスの言葉を聞くなりひと息にそう言って、ルーカスがすかさず右手を差し出した。
私はダリルと顔を見合わせる。
観察に集中していて声をかけなかった、と言う訳ではないらしい。
シェイクハンド。
この世界でも交わされている、なんて事ない挨拶の手のひら。
けれど他人に殆ど興味を示さない彼からそれを求めるとは、なんと珍しい。いつも魔法や魔術に関する事柄に注力し、武人には基本塩対応なのに。
その後にダリルさんの紹介を促すまで、ルーカスは観察する笑みを絶やさなかった。
クラウスも気づいているだろうに、あえて素知らぬふりをしている。
ミーナがお茶を配膳してくれるまで、その時間は続いた。
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