第14話 助けを乞う
深い海に、私が映っている。
「今後の行く宛は、おありですか」
「……」
「もし、皆さんが望むのであれば。春が過ぎてもこの村に滞在して頂いても構いません。まだ使える空き家もたくさんあります。修繕は各々で何とかして貰うことにはなりますが、無償でお渡ししましょう。遠方にいるご家族をお呼びしても、身元が確かで然るべき手続きをしてくださるのであれば不問にします」
「……こちらにとっては、願ってもない事だが」
対価は?と、視線で質問が投げかけられる。
「もしも、有事の際には」
「武力か」
「ええ。でも戦わなくて構いません。どうか、この地に残った皆を……子どもたちを連れて、逃げてくださいませんか」
「逃げる……この地を守らずとも良いと?」
「ええ……既に長い旅を経験された貴方がたにお願いするには、酷な内容とは思いますが……」
普通領主は、土地を運営、発展させ守り育てることを宿命とする。貴族が貴族たれる、王から任された大きな責任だ。
私は手を組み祈りのポーズを取ると、魔法陣を起動させた。
音声の認識阻害と、口外無用の誓文が光となって現れる。
「内密にお願いできますか?」
「無論だ」
キン! 魔法陣が花のように散った。
「この地は、去る魔獣との戦いで汚染されています」
森でも、山でも。
魔獣と戦った人々や、前はたくさん居た家畜も。森の木々だって。
それらの血と肉が、たくさん、たくさん染み込んでいるのだ。
「もちろん、私が派遣された理由の通り、私に魔獣たちの異界の魔力を浄化することは可能です。この地に来て半年、少しずつですが清浄できてきています」
それでも、元通りにするには私の生涯を通して浄化が必要になるだろう。今のペースでやる限り。
そもあわいを閉じてもこちらに残っている魔獣だって居るのだ。実際どれだけの時間がいるのかは、やってみないとわからない。
「ですが」
問題は、それだけじゃない。
「もう染み込んでしまった血肉を取り除くことは、どうしても出来ないのです。天候や植物の力を借り、時間をかけるしか。……ご存知でしょうか。帝国が作り始めた魔法に代わる武器。そしてその火薬の作り方を」
「……!」
日本では戦国時代、鉄砲が使われるようになった。同じ時期、世界では既に火薬の需要が高まっていて、その黒色火薬の主な原料になる硝石を得るために、西洋の一部では各家庭のトイレ付近の地面だって掘られたりしたのだ。
そしてそんな火薬武器を、帝国が開発し始めたと。ルーカスから世間話のように告げられた。
恐らく隣国が取り込まれたことで、属国と面するから気をつけろ。ということなのだろうけれど。
前世の世界史と化学を学んだ私は知っている。
硝石が産出されるのは、雨が降らない場所。
硝石に成るのは、地中に含まれる有機物だ。
つまりは動物の糞尿や、死骸といった。
「ここは雪が降りますが、雨は少なく、山には洞窟がたくさんあります。もう四、五年すればきっと、硝石をとりに帝国がこの地に手を伸ばすでしょう。今年のようにたくさん雪が降ればあるいは、地中も薄れるでしょうが……」
杞憂で終わればいい。けれど。調べてみれば夏の雨が多い年は、何十年もの間無かった。
「この地で骸となったのは魔獣もです。魔力の含まれる硝石で出来た火薬なんて、一体どんな威力になるのやら」
「……」
想像もしたく無いですね? と、クラウスに投げかけてから、私は手印を解いた。
魔硝石の鉱床が、もしも出来ているなら。
出来る可能性が高いなら。
元々この地を治めてきた伯爵家は防衛戦で断絶してしまい、もう無い。
領民ももう殆どが逃げるか死に絶えてしまった土地だ。侵略されたらあっという間に取られてしまうだろう。
この国が帝国に
けれど、そうなれば共に旅した王子たちやその妃達は最悪、処刑と連座だ。
可能性が百パーセントではないにしろ、生きながらえたとてその行く末は苦しい日々になるだろう。
帝国とは敵対せず、上手く外交を続けることはもちろんだけれど。軍事利用できる足掛かりがある事を、なるべく長く隠しておきたい。
クラウス達一行は帝国の暗い部分を伝えることのできる生き語りだ。そして元いた国は特に、クラウスは脅威に、抑制力になるだろう。
「この地を守れ、なんて言えません。ですが残った人々を、元は平民である私を慕ってくれる民を。どうか守る力をお貸しください」
貸してくれ。なんて頭を下げるけれど、クラウスからしてみれば、ほとんど危ない内容は耳にしてしまっているし、治療という恩がある。
彼の性格的に、断る余地は殆どないだろう。
客観的に見ても、狡い相談の仕方だとは思う。
でももし防衛戦になった場合。
私はそのとき、一緒に着いていけるかわからないから。
今は後継者としてティオや子どもたちを育てるけれど、彼らがもしも他の土地に出てもやって行けるよう、私以外に戦える保護者をどうしても増やしたかったのだ。
学園の時、接した帝国の皇子様は、そこまで酷い人じゃなかったけれど。王族は得てして冷酷な一面もきちんと学んでいる。油断は、できない。
夏の太陽のように笑う皇子の顔を思い浮かべながら、私はクラウスの言葉を待った。
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