第13話 スパイス

 

 カウチで頭を抱える事もできず、静かに座ったまま私は悶えた。

 ケロイドに侵されていても、真摯な光を湛える紺の瞳。海底から見上げる空の色を持ったクラウスは、短い付き合いの中でもわかるほど、振る舞いや人となりが大人の貴族男性として洗練されていた。


 食事の作法や姿勢、部下との会話。

 時折り見せる男の人の顔も。


 王子や学園の同級生たちのような眩く瑞々しい美貌は無くとも、大樹や地底で育つ鉱石のように、芯の通った形のない美が、とても魅力的で。


(二ヶ月後、お顔の治療が終わったら……)


 成すべきことを成すために。そう正直になれない心をなだめながら、親密になり過ぎないよう気をつけていたのに。彼を知るほど、それが抗い難くなりそうだ。


(今でも単純に、すごく好みなのよね)


 きゅっと目を閉じため息を飲み込む。

 仰ぎ見た天井には、どこにもアドバイスなんて書いていない。


(……困ったなあ)


 二つのマグカップが、行く宛てもなく、ゆるゆると膝の上に着地した。




「シスター。すまない、お待たせした」

「いえ、改めて……先ほどは失礼しました」


 あれから数分で、クラウスがカーテンを開いた。そのままこちらの部屋に歩みを進め、カウチの隣に着席する。

 そこ座るんだ。と思ったけれど先ほどの手前、苦言を呈することはしづらかった。


 それにこれから、彼には少しお願い事をしないといけない。

 何て語り口で始めればいいだろうか。言葉を探しながら、ぬるいお茶を渡して、自分も口をつける。

 温い牛乳が、ちびちびと胃に落ちていった。

 ストーブの木が燃える音、窓の外の風の音。

 二人分の微かな衣擦れの音。それだけの、静かな空間だ。

 こうして並び過ごすのは、彼が目覚めた時以来かもしれない。


 カウチの向かいにある小窓から空を見上げていた私に、痺れを切らしたのか、クラウスが口を開く。


「あのとき、これからの事について濁されたのには、何か理由があるのだろうか」


 あの時。とは、五人が目覚めた朝のことだろう。

 気付いていたのか。と私は肩をすくめる。


「この土地のことは、どこまでご存知ですか?」

「……あらかた調べさせてもらった」

「調査。とおっしゃってましたもんね。パトリックさんも、クラウス様も」


 お茶を一口。ぴりりとしたのはスパイスか、もしくはこの空気だろうか。


「ご存知の通り、ここには女子供しかおりません。そして国境です。この地を預かる私としては、あなた方を知る時間が欲しかった」


 クラウスは黙って耳を傾けている。

 時折ぱちりと爆ぜるストーブの薪が、代わりに相槌を打った。


「クラウス様に、ご提案があります」


彼らの立場と境遇につけ込んだ、私の企み。

嫌われたく無かったなぁ。と、未練が小さく呟いた。




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