第12話 夜のお茶はいかが?


 アンドリューが宿舎に移り、療養部屋に残るのはクラウス一人になった夜。私は以前も作ったスパイスティーを手に、クラウスの元を訪ねた。


 本当は夕食後すぐに訪れるつもりだったのだが、もうとっぷり夜更けになっている。

 今日の日中は、一連の治療行為に一区切りが着いたのと、ちょうどお茶っ葉や一部の衛生品が切れてたこともあり、司祭館の自室へ短い時間戻っていたのだ。


 久しぶりの自室は、若干空気が淀んでいた。彼らがここに来てからはほぼ続き部屋のカウチで寝起きしていたから、自室を使わなかった所為だろう。

 ついつい気になってしまって、しばらく使わなかった自室の掃除をした。

 あまり物を置いていないとは言え、もとは教会の司祭の私室だから、前世の感覚では二十畳ほどの広さに天蓋付きのベッドがある。そして道具も掃除機などは無く、箒と塵取りだ。

 おかげですっかり遅くなってしまった。

 

 もう一つ理由として、これから話す内容が内容なだけに、中々足が向かなかったことが挙げられる。

 まるで思春期のようだ。テスト前も机の掃除とかしてたなあと、ちょっとした逃避をしてしまった自分を嗜めながら、カーテン越しに声をかけた。


「クラウス様」


 しかし、返事はない。

 部屋の外からか、雪が溶けて水の流れる音が静かに響く。


(寝ているのかしら)


 もしお休み中だったなら、改めよう。

 そう思って仕切りのカーテンをあけ、小部屋を覗いた。

 王子達が近くにいた時には、こんな迂闊な失態は起こさなかった。

 私自身が着替えるときは施錠出来る部屋にするなど、ちゃんと気を張り、人の部屋に入るときは返事が来るまでは絶対開けないようにしていたのに。

 現在をクリア後だと認識している私は色々と忘れていたのだ。

 ここが、例えエンドロール後であっても、成人向けの乙女ゲームの世界であるという事を。


「クラウス様、お茶はいかがで……」


 すか。という続きが、空気に溶けていく。

 クラウスは上半身裸で、体を清拭している真っ最中だった。


「……」

「は……」


 女性とは違い、低い位置にあるくびれ。

 鍛えて居るからか、腰骨では無くて臀部で下穿きを引っ掛けている。

 寝巻き姿でも。いや、寝巻き姿だからだろうか。蝋燭の灯りに照らされるのは、拭いたばかりでしっとりと艶のある肌と、影を孕む筋肉の凹凸。

 それらが、大人の男性の色香を余計に強調していた。


「あ。その、申し訳ありません!!」

「……いや」


 両手にマグカップを持ったまま、行儀悪くカーテンをくぐったため、上手く戻る事もできず慌ててクラウスに背を向ける。


 王子達とは違う、肉厚な筋肉のつき方。何度も頭をよぎる残像をマグカップの木目を数えて消そうと試みた。


「ふふ。シスター・フローラ」

「あの、本当に、すみません……」


 埋まるようにしていたカーテンが、そっと開かれる。


「こんな顔になっても、その様な反応を返してくれるのはきっと、貴女だけだろうな」


 真後ろに大きな存在感。

 目玉だけ上に動かすと、重たいカーテンを押さえる太い腕が目に入った。

「どうぞ」と優しく声をかけてくれる。けれど、その近さのせいで全然落ち着かない。


「終わり次第、また声をかける。すぐだからしばし待っていてくれ」

「……はい」


 私はお茶をこぼさないように意識を集中させながら、その腕をくぐった。

 私は口の端からすきま風を送るようにお礼を言うのが精一杯で、意識しっぱなしの反応を嬉しそうに見つめるクラウスの表情には、ついぞ気づかないままだった。



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