第11話 快癒のきざし


 この日の夕食は、じゃがいものポタージュと塩ニシン、干しいちじくの入ったオートミールだった。


「ロドリゴさま、どうぞ。ハンナという九つの女の子がいるのですが、最近騎士さまたちに食べて貰うのだと張り切ってましたの」

「そうなのか。それはありがたいな」


 最近マーサとロドリゴの会話が可愛くてお気に入りだ。向かいの並びのベッドについつい聞き耳をたてつつ、ポタージュの入った椀をクラウスに渡す。


「ありがとう」

「いえ。もし良ければ、感想をいただけますか。孤児院の子らが喜びます」

「……こちらの食事はいつも美味しい。が、心していただこう」


 彼は祈りの仕草をしたのち、食事を始めた。その仕草に、隣国の面影を見て学園を思い出す。


 王都の魔法学校は大陸でも有名で、生徒はこの国だけでなく、色々な国から入ってきていた。

 ときどき留学してくる者も居たのだが、二年生にあがるとき隣国クラウスの国と帝国からそれぞれ一名ずつ編入者がいたのだ。


 どんな人物だろうか。と、ワクワク出来たのは短い期間のみで、すぐに調査隊として徴収されたから、戻ってきた頃には話しかけるタイミングがなかった。

 結局、凱旋後の会食と卒業式でそれぞれ挨拶をして、それっきりである。


 隣国からは第二王女、帝国からは末子の第八皇子が来ていた。

 クールな銀髪美少女と、褐色の肌をした金髪金眼の美少年。二人が並ぶと月の女神と太陽の神を彷彿とさせ、正反対なのにどこか似ている美しさにゾクっときたものだ。

 調査隊として自分の国の王子達が不在の時に留学してきたものだから、学園ではだいぶ対応に苦労したらしい。

 こんな情勢では、留学生たちもせっかく来たのに満足に楽しめなかっただろうなと、ひとり勝手に同情していた。今思えばとても平民らしく、そしてのん気だなと思う。

 確かに帝国の影響で不在にしていたけれど。

 王族、皇族の歓待に公爵級の者しか付かないとは。そう舐められるきっかけにもなりそうだなんて、当時は思いもしなかった。


 凱旋のお祝いのパーティーで、問題なく対面できたのはひとえに公爵令嬢。いや、今は王太子妃達のおかげだろう。

 近々彼女宛にも手紙を書かなくては。


 そんな事を考えながら、アンドリューにも椀を渡す。

 彼は利き手に深い傷を負っていたこともあり、木の匙がやや使いづらそうだった。ここの木彫りの食器は、子ども達が作ったものも混ざっているので、分厚く食べにくいがあるのだ。


「アンドリューさま。お手伝いいたします」

「え、ああ……いや。練習になるから、大丈夫だよ。ありがとう」


 やんわりと断られた。

 確かに、リハビリは必要だろう。だけれど、私を見ているような、見ていないような。絶妙に合わない視線が気に掛かって、後ろを振り向く。

 クラウスがゆっくりとポタージュを口に運んでいた。


「……? わかりました。ですが、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「はは……ありがとう。なるべく早く治したいから、お気持ちだけ有り難く」


 よそよそしさに首を捻りながら、ニシンを取りに暖炉へ向かう。ダッチオーブンを引き寄せると、太い薪が一つ、燃えた中央で折れて灰に埋まりそうになった。

 まだ夜はこれから冷え込むのだ。治癒のためには体温を下げたくない。私は慌てて火かき棒で取り出す。


「短期は損気ですよ……少尉」

「……」


 パチリ、と暖炉の薪が弾けたせいで、背後のベッドで二人が交わしたやり取りや、マーサの「あらあら」という楽しそうな声は耳に届かなかった。



 その晩しっかりと雪が降ったのを最後に、日ごと雪は弱まっていった。

 ひとり、またひとりとこの部屋から怪我人が宿舎へと移っていく。

 口から食事を摂れると治りが早いな。と、アンドリューの添え木を外しつつ頷いた。


「アンドリューさま。もう今夜にでも一人部屋へ通れますよ」

「嬉しいな。ありがとう!」

「残るはクラウスさまだけですね」

「……」

「指令官が深傷を負うなど、恥ずかしいばかりですな」

「死地から戻って来た戦士に、恥ずかしい傷などありはしませんよ」


 急に歯切れの悪くなったアンドリューではなく、ニコニコとこちらを見るマーサに「ねえ」と話を振る。


「うふふ。ええ、帰ってきてくださるのが一番です」


 静かで穏やかな口調。だけれど、マーサが言うと少し沁みる深さが増す気がした。

 クラウス達が神妙な面持ちになり、私も少し目を伏せる。横目で彼らを盗み見て、ひっそりと拳を握った。


 クラウス達をここに受け入れて、明日の晩で十日になる。ルーカスのおかげで時間稼ぎは出来ているけれども、これからの事について、責任者クラウスと内密に話をしなければならなかった。

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