第10話 武力



 この教会は、中央にお御堂と大広間。そこに繋がる形で厨房付きの小部屋に、納屋と告解部屋懺悔室、水場の近くには小さいがビールの製造施設もある。

 裏手に井戸と菜園。

 そして離れとして司祭館もあり、国境の領にある聖堂としては、まあまあ大きな造りだ。


 加えて司祭館は二階建ての大きいもので、牧師達の生活空間だけでなく、山を越え隣国に向かう貴族を迎えるための来賓室やホール、従者用の宿舎にうまやも付いていた。

 宿舎はこの村に活気があった頃、住民の冬越し用の長屋として利用していたらしい。


 少しでも外が明るいうちにと、騎士達を連れて宿舎を案内した。

 パトリックの指揮のもと部屋割りが出され、急ぎ清掃が開始される。その統率のとれた賑やかさに誘われて、子ども達が司祭館の二階から遠巻きに覗いていた。

 今は勉強の時間だから、外に出るのは我慢しているのだろう。きっと明日にも男の子達の中で騎士ごっこが始まったりするに違いない。

 紙の兜の折り方を前世の記憶から引っ張り出しながら、私は外套を被った。



 今は雪に閉ざされ、ほとんど行くことはないが領主の館も近くにある。

 そこに務める代官がオーナーである私に定期報告をしてくれる形だ。

 といっても今は管理する村民が居ないので、メイン業務は空き家の管理。冬の時期は雪おろしや街道整備、一年の会計や、春から出始める害獣の情報整理などもやってもらっている。

 その他細々とした国とのやり取りなども取り扱うので、私の中では物語でよくある小さなギルドのようなイメージだ。


 ちなみにそこでは現在、男女含めて六名が働いてくれている。私が王都を離れる際、どうしてもということで着いてきた。

 王宮で家族が難病だったところを助けたメイドや、信仰深い文官。

 珍しいところでは、光の魔力を研究したいと言う酔狂な魔塔の変わり者など。


 そのうち誰かが私の監視のために付けられた国の者だと思うが、今のところあまり害が無いのでほっといている。

 

 ちなみに代官は魔塔の研究者だ。彼はこの地の結界を張る時にも、随行してくる。


 自分の健康に無頓着なフシがあるが、貴族出身なのに驕っておらず、仕事も早い優秀な人だった。


「ルーカスさん。と、言うわけで一時的にかも知れませんが、人が増えました」

「やあやあ、これまた一気に増えたね」

「はい、冬の間の護衛です。狩りとか」

に報告は?」

「追って手紙を書きます。それを通達していただけますか?」

「わかりました」

「ありがとうございます。では、こちら新しい充填魔石研究材料です」

「わあ! 拳大だ! 大きい」


「所長! 定時上がってからですよ!」と、元メイドのミーナから檄がとんでくる。

 ルーカスは一つ咳をして、居住まいを正した。魔法で音声認識阻害をかけて、ひそりと声を出す。


「わかってますよ。……ところで、フローラさん。護衛でも他国の騎士だなんて訳アリ、言ってしまえば武力を匿って大丈夫なのですか?」

「……そうですね、ご懸念は重々承知しています……」


 私は袖口から、みっちりと魔力の入った魔石をカウンターに置いた。


「……! でも、女子どもばかりの冬は不安が残りますよね! 護衛なんていくらでも欲しいくらいだ」

「ええ、これで安心して冬を越せます」


 にっこり。と、私はルーカスさんに微笑む。


「この四半期の報告は……おっと、今朝提出しちゃったなあ。はは! 来訪者の報告は、三ヶ月後になりますが、致し方ないですねえ」


「いやはや」と、カウンターの石をうっとり見つめながら口を動かすルーカス。

 求めていた答えに、私は「タイミングが合わなくて困ったわ」と呟きながら袖を探った。これでもう一つ、淡く光を帯びた石がカウンターに増える。


 大きいもの、密度の濃いもの、光るもの。

 三種の充填魔石ごほうびをルーカスはご機嫌で仕舞った。


「また何かあったら伺いますね」

「はい、今夜も大雪だそうです。フローラさんもお気をつけて」


 にっこり。王都、王宮で培った完璧な笑みをお互いに浮かべる。

 ルーカスの甘いマスクが、より甘さを増した。


 後ろで頭を下げるミーナに挨拶して、司祭館に戻ると、騎士達が一度運び出した家財を拭きあげ再度仕舞うところだった。

 中庭では、そんな騎士達を横目にライラと子供たちが夕食の支度をしている。


「あ、おかえり! フローラ」

「ただいま。う~ん、いい匂いね」


 玉ねぎにしっかり火が通った時の甘い香りが鼻をくすぐった。


「シスター! 今日のスープ、私も手伝ったの」


 九才の女の子、ハンナが頬を赤くして見上げてくる。


「わあ! すごいわ、食べるのが楽しみ」

「騎士さまも、食べてくれるかなあ」


 春のたんぽぽのような金髪に、グリーンのリボンで結った三つ編みがふりふりと揺れた。

 もじもじとはにかむ、可愛いおしゃまさん。少し遠くに聞こえる足音に、私は声をかけた。


「きっとあっという間に無くなっちゃうわ。そうでしょう? パトリックさん」

「はっ、ええ! とても美味しそうです」


 ハンナの頬がポッと色を増した。恥ずかしがり、ライラのエプロンの後ろにサッと隠れて井戸の方を伺っている。

 どうやら私が出ている間に子供達の検分が済んだようで、何人かの若い騎士達の足元を、男の子達がちょろちょろと走り回っていた。

 掃除を終え、井戸の周りで一息つく騎士達は危なっかしい子供たちから目を離さないようにしながら、上手いこと相手をしてくれている。


 慣れたその様子に「武力は武力でも、護る力だわ」と呟く。白く染まる空気だけが、それを聞いていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る