第9話 春がくるまで
「みんな、雪かきありがとう。井戸の周りは気をつけてね」
「はあい!!」
「ティオ。おかげでゆっくり朝ご飯が食べられたわ。ありがとう」
頬を染めて、はにかむティオ。
そしてまた子ども達の輪へ加わって行った。
水差しを持ち大広間に戻ると、何故か人が少なかった。隣の小部屋からくぐもった声が聞こえる。
「マーサ、おごちそうさま。美味しかったわ」
「うふふ。お粗末さまでした。ちょうど奥の部屋の皆さんが起きられたようですよ。ライラさんがお洗濯に行ってくださっているので、これからスープをお出ししようかと」
暖炉に二つ並べられた鍋には、シチューとオートミールが入っていた。煮詰まって濃くなったシチューにミルクを足してのばしている。
スープ用の皿にオートミールを少し。そしてシチューの具を避けてよそっていた。
一枚のお皿に入っているけれど、前世で言う白いスープカレーみたいな見た目だ。マーサはそれにほんの少し胡椒と乾かしたパセリを散らす。
五人分持つのは難儀そうだったので、一緒に運んだ。
やや節張った働き者の手が、優しくドアをノックした。
「朝餉をお持ちしましたよ」
扉が開くと、五つのベッドにそれぞれ数人ずつ、若い騎士達が集まっていた。
パトリックやダフが、目元を赤くしている。あれだけの怪我をしたのだから、別れを覚悟していたのだろう。
「クラウス少尉…っ」
「心配をかけたな」
「ロドリゴ准尉! 良かった……!」
「置いてけって言ったのによ。ありがとうなあ」
「アンドリュー!!」「マルクス」「ポールさん!」と、若い騎士達の感極まった声が続く。ベッドの主達は困ったように、それでいて嬉しそうに笑っていた。
「まずはゆっくりと、お水をどうぞ」
皆に見守られながら、五人はゆっくりと朝食を食べる。
「ああ……あったけえ。美味いなあ」
アンドリューと呼ばれた赤毛の男が、椀を両手で大事に持ちながら、翡翠の目を潤ませていた。
他の面々も噛み締めるように食事している。
「しばらく何も口にされてませんから、しっかり噛んで召し上がってくださいね」
マーサがにこにこと給仕している。
ロドリゴという壮年の騎士が頭を下げ「かたじけない」と白湯のお代わりを受け取っていた。
「生まれ変わったような気持ちだな」
目を細めてマーサに笑みを向けている。
「……こちらでは、雪の降る朝に生まれた子は、雪払いと言われて大切に育てられますの。雪ではなく、出産のお祝いの花を天が降らせたのだと言って」
「……そうですか……こんなシワの入った子、神さんはびっくりしとるでしょうなあ」
「まあ。ではもっと、シワシワになってからでないとお空には還れませんね」
「フッ」
「うふふ」
この食事でも大丈夫そうなら、徐々に固形物の量を増やしていけるだろう。
ロドリゴとマーサのやり取りにきゅんとしながら、騎士達の症状をメモしていると、不意にクラウスと目があった。
「シスター・フローラ」
「なんでしょう。閣下」
「クラウスだ」
声をかけられ、返事を返しただけなのに、パトリックやダフの目が僅かに見開かれる。
「クラウスさま」
「今後の話をしたいのだが」
「ああ、それでしたら。残念ですが」
騎士達が固唾を飲んで会話を聞いている。
言い方が悪かったかしら。と小さく空咳をした。
「すぐに外出するのはお控えになったほうが良いかと。特にかっ……クラウス様は、あと二月ほどかけて治療が必要です」
「……なるほど。逆に出て行けと言われるものと…」
「患者を途中で放り出したりなどしたら、女神様に怒られてしまいます」
「それとも、そんな意地悪な修道女にみえました?」とちくり刺して言うと、クラウスは眉を下げて笑った。
ダフがあんぐりと口を開けて、クラウスと私を凝視する。パトリックがそれを小突いているのが視界の端に映った。
「俺には、貴女こそ女神に見えるがな」
「あら」
「本心だ」
「ひえっ」
バシリ、とダフがとうとう叩かれた。
「とにかく、春まではこちらで養生してください。掃除が必要ですが、ちゃんとした長屋もありますから。大広間の皆さんは、午後にでもご案内します」
「ありがとう」
「ありがとうございます!!」
「こちらの部屋の方五名は、申し訳ありませんがあと二、三日様子を見るため、この部屋のままお願いします」
「かたじけない」
「恩に着ます」
傷が治ったら、また移動を考えていたのだろう。
クラウス以外の騎士達が深く安心したのがわかった。
喜んでくれて私も嬉しい。だが。
「ただ……」
何を言われるのか。と、数名が身構える。
「今のままでは春まで食料が保ちません。よって、天気が回復次第、狩りや採取に人を出してください」
こうして、私が納める領に新しい仲間が加わった。
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