第8話 新しい朝と子どもたち
起きて
小部屋と言っても、鉄のベッド台が三つずつ向かい合って並べることができる程度に広いこの部屋は、漆喰の白壁のせいもあって朝方になると少々冷え込む。
それでも、まだ眠ったままの五人の騎士達の顔は、昨日より幾分か血が通ったものになっていた。
やっぱり睡眠に勝る治療はないな。と一人納得する。
昨夜会話したクラウスもまだ眠っていた。
それぞれにキルトを掛けたり、本来なら起きるほどの音がしてもそのままなので、やはり体がまだ本調子ではないのだろう。
隣の若い騎士達が眠っていた大広間では、起き出した騎士とマーサ達とで少々賑わっていた。
少なくなった水差しを持ち、そっと大広間へ顔を出す。
「さあさ、騎士様がた。粗末ですがお召し物の替えををどうぞ」
マーサが声をかけた通り、サイズも嗜好も揃っていないさまざまな男物の服が、カーペットの上に山と積まれていた。
「おはようございます。パトリックさん」
「ああ、おはようございます。マーサさんにこのように服をいただける事になりまして。大変ありがたいのですが、よろしいのでしょうか」
「ええと、こちらは……」
マーサの夫や、ライラの父親。
この教会で暮らす女性達の所縁の男物の服だった。
綺麗に管理されているそれらは、遺品である。
「おはよう!フローラ」
「ライラ……」
「騎士様、これはウチの村の男衆が着ていた服です。魔物退治に出かけたっきり、もう戻ってきませんので、服も使ってくだされば喜びます」
ライラのその言葉に、騎士達は立ち尽くす。
ダフが、手にしていた藍色のシャツを優しくひと撫でしてライラに問いかけた。
「ライラ嬢……」
「嬢だなんて! そんな大層な呼び方やめてよ。ライラでいいわ」
「ライラ、これは大切なものだろ。俺たちが使ってもいいのか?」
「虫に食われるより百倍いいわ! それに誰かが着てくれている姿に癒されるもの!」
ライラの声に、マーサやドロシーなど服の提供者たちがうんうんと頷いている。
「まあでも、父さん達は騎士様達ほど逞しく無かったから、少し窮屈かも!」
そう続けられた言葉には笑ってさえいた。
「違いないわね!」
「それにただの木綿だからお渡しするのが恥ずかしいわ」
「それはウチの人が若い頃好きだった仕立てでねえ、お気に入りすぎて滅多に着なかったから綺麗よ」
カラカラと笑う女性達。
そのしなやかな強さが、眩しくみえた。
ダフが「ありがとう」とはにかんで受け取った服を体に当てている。
各々体に合いそうな服を選び取る騎士達を見回してライラは「ねえ。そうでしょう、父さん」と口の中で呟いていた。
「パトリックさん、隣室の五人の方達の分も選んでくださいますか? 体の大きさに合いそうなものをお願いしたいのですが」
「ええ。お任せください」
「それから……」
お湯を沸かしているので、もし可能なら彼らの清拭をと言付けてから、マーサの元へ向かった。
「マーサ、おはよう」
「おはようございます。食堂に
「ありがとう。少し離れても大丈夫?」
「ええ。ごゆっくりどうぞ」
朝食のついでに水差しに補充してこようと部屋を出る。朝食は厚めの
何故か知らないが、マーサは他の人よりも美味しくパンや焼き物を作ることができる。
私が作るとあまり膨らまないのに、このクランペットなんてもちもちしていて歯切りがよく、何もつけなくても美味しかった。
「はあ、幸せ」
子ども達はもう朝食を終えたようで、食堂から見える中庭で雪かき(雪遊び)をしている。
大人達が冬の手仕事で作ったキルトの頭巾が白い景色の中でちらちらと動き、元気な笑い声が聞こえた。
口を動かしながら見ていると、そのうちの一人と目が合う。
年長の十歳の男の子、ティオだった。
「シスター! おはようございます!」
「わあ」
「シスターおはよう!」
「シスター見て! うさぎ作った!」
「シスターだ!」
それを皮切りに、ほぼ全員がわあっと集まってくる。
慌てて咀嚼し手を振った。
「みんなおはよう!」
「シスター! 誰か来たの?」
「誰なの?」
「怖くない?」
「怖くないわよ。少し怪我をしていたから手当てしたの。良くなったら皆んなも紹介するね」
「良くわかったねえ」と近くの子の頭をうりうり撫でる。聞けば朝のお勉強の時間が今日は急遽お休みになり、
良く見てるなあと感心する。
水差しを見たティオが、既に煮沸してある水を入れた甕から水を移してくれた。
気が利きよく周りを見ている。勉強も苦じゃないようで、この半年の学習でめきめきと成績を上げていた。
私は彼に微笑みかける。
将来、この土地を任せるならティオのような子がいいなと考えながら。
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