第6話 彼らの事情


 茶髪の騎士は、名前をパトリックと言うらしい。


 彼曰く、この小隊は最近帝国に吸収された属国の騎士で、ドラゴンが出た山を挟んで向こうにある小国からはるばるやって来たとのことだ。


 その名目は土地の調査。つまりは封印された境界の監視を命じられたらしい。

 我が国から帝国には概要を報告した筈だが。

 そう眉を寄せる私にパトリックは苦い笑みを浮かべた。彼が言うにはそれは本当にただの名目で、重症者の一人である隊長を失脚させるための政治的な企みであったとか。

 その証拠に、境界に向かう途中の森で魔獣の群れと対峙し、近くの廃村で籠城戦をしていたが、来るはずの援軍や補給はいつまで経っても来なかったとのこと。


 数週間の戦いの末、辛くも勝利を納め国元に戻ってみれば、森から魔物を引き連れて帝国に仇為す者として追い出される始末。

 やむを得ずこの王国に亡命する途中、今度は山向こうのこちら側で魔獣と戦い、飢えと疲労でこのように大きく損害を出してしまったらしい。


 隊長や熟練の騎士達五人はその戦闘の際に殿しんがりを努め、若い騎士を守り抜いてその身を損ねたのだという。


「ここに大きな聖堂が見えて、どれほど安堵したか……」


 外は吹雪。もう雪が高く、硬く積もっている。

 ここに辿りつけなかったら、あと何日もせずこの隊は全滅していただろう。国元では補給も満足に出来なかったそうだから。

 霜焼けや栄養不足の肌荒れは、先ほどの治療で癒えていたものの、数日ぶりの暖かい食事に、年若い騎士は食べながら涙ぐむものさえいた。


「まだ立志したばかり(十四歳)の年の子もいるのにねえ」


 マーサが呟き「もっと食べるかい?おあがり」と近くの少年にお代わりをすすめている。甘いパン粥が、いくつものお皿にとろりと落ちた。


「ほら、あったかいお湯と桶だよ」

「シーツと毛布も」


 湯を持ってきたモカとララが、暖炉の近くに桶を置き、簡易風呂を用意していた。部屋備え付けの瓶には並々と水が入り、暖炉のやかんからは湯気が立っている。

 手桶と清拭用のたくさんの布も置かれていた。


 騎士やこちらと目を合わせないのは泣くのを我慢しているのだろう。

 かつて魔獣に襲われた村で、寒い地下室から救助された二人には、騎士達の苦労が痛いほどよくわかるに違いない。


 ライラとスープを取り分けていると、一人の騎士が近づいてきた。


「先ほどは、すまなかった」


 そう言って頭を垂れるのは、金色の短髪の騎士だ。気が強そうな茶色の瞳をした、十代後半に入ったばかりの男だった。誓約魔法のときに意を唱えたことを詫びている。


「俺はダフと言う。非礼を許してほしい」

「大丈夫ですよ。謝罪を受け取ります」

「でも故郷で濡れ衣きせられたなら、警戒しちゃう気持ちが少しわかるわ。今はゆっくり休んで」


 ライラがダフに毛布を渡しながら励ましていた。


「パトリック卿」

「自分達はもうの国の騎士ではありません。パトリックと」

「ではパトリックさん、今後のことは隊長さん達が起きてからにしましょう。皆さんもお疲れでしょうから、今夜はこのままお休みください。ベッドが足りなくて申し訳ないのですが」

「いいえ、いいえ。屋根があって、暖炉に湯まで頂けている。贅沢なことです。心から感謝します」


 元は貴族だったのだろうに。腰を九十度近く曲げて、騎士としても見ないくらい低頭している。


「伍長……」「パトリック様……」と、彼の背中からすすり泣くような声が聞こえた。


「さあ、感謝は充分に伝わりましたから。顔をあげてください」


 ひとまず人心地つかなくては。


 それにこの隊の責任者ブレインが今後の方針をどう決めるのか、それがわからない限りは、お互い動きようが無い。

 私たちは多めの水差しを置いて大部屋を後にした。



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