第5話 かつて聖女と呼ばれた女


 跪く男達が、驚愕に目を見張った。

 怖気付いたのか、それとも驚きに固まってしまったのか。

 沈黙が続く間も、魔力の噴出で魔法陣から空気が押され、風になって私の頭巾ウィンプルがはためく。

 ここで魔力が長く流れ出すほど強い誓約になることを、彼らは知っているのだろうか。結果こちらが有利になるため、私からは何も言わないが。


「! 誓います!」


 ハッとした様子で、茶髪の男が宣誓した。


 その言葉に反応した魔法陣が、くるりくるりと周り出す。音もなく、徐々に範囲を広げながら。

 自分たちの下も通過し拡大する魔法陣に、どよめきが強くなった。魔法陣はそのまま大広間の壁も通り越していき見えなくなったが、メイスの光がおさまるまで私は体勢を解かない。


 数十秒ほどかけて、辺りは暗さを取り戻した。


「ありがとうございます。では治療を始めましょう。楽にしていてください」


 誰も何も言わないのをいいことに、私は勝手に進めていく。

 前世の神楽なんて舞えないけど、気持ちを込めて。錫杖しゃくじょうのようにカン、カン! メイスを二回床に立てる。


 聞こえますか。女神さま。


「お祈りします!」


 私の声から一拍おいて、足元にまた新しく光の輪が灯った。


「浄化」


 カン! 円の中に、誓文が浮かび上がる。


「分析」


 カン! 誓文が追加された。


「修復」


 カン! 前の二つよりも長い誓文で、魔法陣が埋まっていく。

 誓文が増える分だけ、魔法陣の光は強くなる。


「主よ、どうか私たちに生きる力をお与えください!」


 カン! 腹の底に暖かい流れが満ちてゆく。


「この祈りを貴女様の御名みなによってお捧げします」


 カァン!!


 最後の一鎚で、ぶわりと光が強くなる。

 魔法陣から立ち上った光はあたりを照らした。

 痛みに苦しむ人には、特に強く。舞い落ちる羽根のようにふわりと優しく。


 私の前に跪く騎士達の中にも光を受けるものがいる。

 そのうちの一人は先ほど武装解除を進言してきた騎士だ。きっと動けるほどではあるが、傷付いていたのだろう。それを隠しつつ私に頭を下げるなんて、気骨がある性質なのだなと評価を上げた。


 光がおさまると、口を開けて惚ける騎士達。

 その背後で、横たわる五人が痛みから解放され、安らぎを取り戻したのが見えた。


「……女神様、感謝いたします」


 小声でそう告げて、メイスを背に戻す。


 一連の間にライラが暖炉に火を熾してくれたのだろう。静まり返る広間に、怪我人の穏やかな寝息と、パチパチと薪がはぜる音がひびいた。

 その暖炉には大鍋がかかっている。

 ふくよかなマーサが「玉ねぎのスープと、ミルクのパン粥ができてますよ」と人好きのする笑みを浮かべた。


「……後ろの五人は隣の部屋へ。簡易ですがベッドがあります。他の皆さまにはパン粥を」

「聖女だ……」

「聖女様」

「王国の聖女は実在したのか、」


 マーサの声を聞いても、いまだ動けないでいる騎士達を促すと、夢現のような顔でそれぞれ何かぶつぶつと独り言ちている。


「パン粥、いりませんか?」


 「美味しいんですよ。マーサのご飯」と、小首を傾げた私に、茶髪の騎士が平伏し「ありがとうございます!」と叫んだ。




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