師炉極「あそこにスケルトンがおるじゃろ?」俺「はい」師炉極「倒してこい」ドンッ。崖下に突き落とされる俺「あああああああああ」

「ビビってる場合じゃないぞ。敵を発見したらどうする?」


 いつの間にか後ろに立っていた師炉極が言った。

 仰るとおりだ。俺は<デバイス>を起動した。


「<ステータススキャン>!」


 モンスターのステータスが空中投影ホログラムに表示される。



 スケルトン

 

   レベル:17

   クラス:D級

 ステータス:異常なし


    体力:不明

  スタミナ:不明

    魔力:不明

 物理攻撃力:不明

 魔法攻撃力:不明

 物理防御力:不明

 魔法防御力:不明


   スキル:<斬撃耐性> 他不明スキル有り



 スケルトンウルフ

 

   レベル:16

   クラス:D級

 ステータス:異常なし


    体力:不明

  スタミナ:不明

    魔力:不明

 物理攻撃力:不明

 魔法攻撃力:不明

 物理防御力:不明

 魔法防御力:不明


   スキル:<斬撃耐性> <索敵強化> 他不明スキル有り



 数が多いので各種一匹だけスキャンした。

 うーん、相変わらず不明ばっかりだ。ま、魔力が無いので仕方がない。レベルとクラスも貴重な情報だしやらないよりマシだ。


「スキャンはできたか?」


「一応しましたけど、レベルとクラスと一部スキル以外は全部不明です。どうせマンポ(溜息)ですから」


 師炉極の問いに俺ちょっとイジけながら答えた。


「マッチョくん、君はどうやら自分に自信がないらしいな。<ユニークスキル>持ちでドラゴンを一撃倒したような人間がそんな弱気じゃあいけないな。もっと堂々としたまえ。それにその筋肉達磨ナリでイジけてもかわいくないぞ。そういう姿が似合うのはかわいい女の子と相場が決まってる。うちの勇魚ちゃんみたいな」


 自信を持て、か……。


 確かに俺は<魔力筋マジカルマッスル>持ちだし、ドラゴンだって一発で倒したし、ムキムキゴリゴリガッチガチの巌のごとしマッスルメンだ。

 そんなのがイジケててもかわいくないのは俺も同意だけど、やっぱり魔力が無いってコンプレックスだ。実際に不便だし。今だって<索敵スキル>も<ステータススキャン>もろくに使えてないわけだから多少はネガティブにもなりますよ。


「わかってますよ。でも、自信ってそんな簡単につくもんでもないでしょう? コンプレックス跳ね返すために筋トレして、<ユニークスキル>も得て、ドラゴン一発で倒しても、やっぱり魔力が無いのは……自分の無能さを改めて確認すると――」


「あーあー、マッチョのくせにウジウジとネチネチとネガティブばっかり情けないなぁ! ここは戦場だぞ? そんで君はマッチョだろ? 戦いのさなかにネガティブな感情にとらわれると死ぬぞ? 君もあのスケルトンの仲間になるか? 筋肉つけても無駄なら今すぐその筋肉削ぎ落として骸骨にでもなってみるか?」


「ちょっとお父様! そんな言い方は酷すぎます! 魔力が無い人の気持ちも考えてください!」


 いつの間にかすぐ後ろにいた勇魚が抗議の声を上げてくれた。

 優しい勇魚、こんなウジウジしたネガティブマッチョのために怒ってくれるのか。君は本当に天使だな。

 でも、気を使ってくれたのは重々承知なんだけど、あんまり同情されるのもなにか辛い。俺は可哀想なヤツだと決めつけられてるようでちょっと心苦しい。


「あ~、勇魚ちゃんは本当に優しいなぁ。パパの自慢の娘だよ。よくぞここまでいい子に育ってくれた。でもなぁ、優しいばかりじゃダメなこともあるのさ。そうだろ? マッチョくん。かわいい女の子に同情されるって気持ちいいばかりじゃないもんな。俺も男だ、今の君の気持ちはよくわかる。今、君はこう思ったはずだ、同情するなら金をくれ、と」


「いえ、金くれなんて思ってませんよ。家なき子は古すぎますって」


「うっ、でもまあ、同情されてありがたくはあってもそんなに嬉しくはなかっただろ? それは間違ってないだろ? えっ、間違ってる? 俺間違った? え? ええっ? 合ってるよね? そうだよね? 俺、君の気持ち正しく代弁できてたよね?」


「ええ、まぁ。ほとんど合ってますからそんなキョドらなくてもいいと思いますよ」


「ああ、良かった。そうだろそうだろ。女の子に同情されてばかりだと自分がダサく見えるもんなぁ。勇魚ちゃんも覚えておくと良い、良い男には同情ばかりしちゃいけないのさ。草木を可愛がってるつもりでも水をやりすぎれば根が腐る。今のマッチョくんに必要なのは同情じゃないんだ。わかるかい? 温室のバラより野バラの方が強い。北風が勇者バイキングを作るのさ」


 ……この人急にどうしたんだ? 人が変わったみたいにイイこと言っちゃってくれてる。不覚にも深く心にキちゃったよ。ただの親バカS級イケメン三枚目冒険者じゃなかったんだな。ちょっと見直した。


「マッチョくん、君には才能がある。俺すら越えうる素晴らしい才能ユニークスキルがな。だがまだ君は自分の才能を信じられずにいる。それじゃ才能は眠ったままだ。宝の持ち腐れだな。どうだ? ここは一つ、俺に任せてくれないか? 俺なら君の才能を完全に覚醒めさせることができると思うのだがどうかな? 君が俺をどう思っているかはよくわかるが、それでも俺はS級冒険者だ。きっと君の力になれるはずだ」


 いつになく師炉極の表情はキリリと引き締まっていて、それでいてとても優しく声も春風のように温かった。それは勇者であり慈父の姿であり態度だった。


 ひょっとしたら俺はこの人を勘違いしていたかもしれない。最悪の出会い方をしたから、俺はてっきり師炉極を激イタ子煩悩クソ野郎だと決めつけてしまっていたが、そもそもこの人は国を代表する勇者だった。


 勇者とは往々にしてパーティのリーダーだ。ただのいけ好かないクソ野郎じゃメンバーの命を預かるリーダーは務まらない。世界的勇者である師炉極がただのいけ好かないクソ野郎じゃないことはわかり切っていたはずだった。勇者に必要な資質は実力と人格だ。S級の勇者ならどちらも兼ね備えているのが当然だ。そして彼は世界で五本の指に入る超有能冒険者だ。


 少なくともダンジョンに関して、師炉極の言うことを聞かない理由はない。

 少し悔しい気もするし、気恥ずかしい気もするが、あの態度で言われては俺も彼を認めざるを得ない。いつまでも最悪の出会いに拘るのも、なんだか女々しくてマッチョが廃るような気もするし。


「俺、少しあなたのことを勘違いしてました……」


 正直恥ずかしくて照れる。でも、相手が優しさを見せたなら、俺もそれ相応の態度をしなければならないだろう。目には目を歯には歯を、優しさには優しさをだ。


「ふっ、よくあることさ」


 師炉極は俺に手を差し出した。俺はそれを握り返す。


「でも勇魚ちゃんはやらないぞ」


 そう言って、師炉極は笑った。今度は子供のような純真な笑顔だった。急に無邪気だなこの人。ホント、面白い人だ。俺も思わずつられ笑い。こっちはちょっと苦笑だけど。


「よし、じゃあ、ほれ、もう少し崖下のモンスターどもを覗き込め」


 言われたとおりにする。今は素直にこの人の言うことが聞ける。なんたってS級冒険者だ。指示に間違いはない。


「もうちょい、そうそう、もっと身を乗り出して、うん、そうだな、イマイチ角度が気に入らないが、いいだろう」


「いいだろう、って何が――」


「オラァッ!!!」


 振り向こうとしたとき、師炉極が俺のケツを蹴飛ばした。おそらく全力で。


「いでぇッッ……!!??」


 ケツにハンパない衝撃。ぶっ飛ばされた俺は崖を飛び出し、第二次大戦中、数多の連合軍艦船を葬ってきた九九艦爆のごとく真っ逆さまに急降下。いくらマッチョといえどもS級冒険者の不意打ちには為す術もない。


「あああああああああああ」


 ああああああああああああっという間に迫る地面。

 ヤバい! このままじゃ頭からイく!

 超弩級のマッチョといえどもさすがに頭から墜落したら死ぬ。多分確実に即死する。デッドエンド待ったなし!

 せっかく近頃になってようやく人生に光明が見え始めたところなんだ。こんなところで死んでたまるか! マッチョでウハウハになりたいんじゃい! マッチョ舐めんじゃねぇ!


 ほとんど本能的に身体が動いた。というより全身のマッスルが反応した。

 空中でマッチョボディをひねった。クイっとね。飛び込みの選手さながらの動きで。

 飛び込みと違う点は足を下にするところ。飛び込み同様に頭から行くとさすがのマッチョでも逝く。

 地面に足がつく、と同時に四肢を地面につけ、全身の筋肉に力を入れ衝撃を吸収する。ビリビリとした衝撃が一瞬肉体を駆け巡るも、それ以上のことは何も起こらなかった。無事着地だ。


 おおぅっ……不思議なほどに上手くいった! どこにも怪我はない。これも筋肉のおかげか。さすがマッチョだなんともないぜ。


 いやぁ、しかし完璧な着地だ。審査員がいたら全員が満点で金メダル確実ってところか。これがオリンピックじゃないのが残念だ。まぁ、オリンピックには崖飛び降りなんて競技ないけど。

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