ダンジョン入場! そこに見たのは白いTボーン! マッチョVS.究極ヒョロガリ

 ダンジョンのモノリスを抜けると、そこは荒涼とした原野だった。


「遅かったじゃないか? マッチョくん。クソでもブリブリ垂れてたのかい?」


 師炉極が鼻で笑って言った。いちいちムカつく人だなぁ。人をおちょくるのがそんなに楽しいのか? それとも親しみを込めた冗談のつもりなんだろうか? だとしたら失敗してるぞ。少なくとも俺は笑ってないぞ。


「マッチョくん、そんなイラッ☆とキテる目で俺を見ている場合じゃないぞ! ダンジョンに入場した直後にはまずすべきことがあるのを忘れたか!? まずは周囲の安全確認! 目視と索敵スキルを使え!」


 索敵スキルにはいくつかあるが、大体二種類に分けられる。パッシブ型とアクティブ型だ。前者は対象の発する魔力やらを感知することで対象の位置等の情報を得る方式だ。後者は自ら魔力やらを発し、そのを受け取ることで対象の情報を得る。

 両者はそれぞれ異なるメリットとデメリットがある。よって、その時その場合に応じて使い分けるのがセオリーだ。が、このゴリマッチョ筋肉ボディ俺にそんなセオリーは通じない。なぜなら、


「……俺、魔力ないから索敵スキルは使えません」


 使えないから使い分けるもくそもないわけだ。それ以前の問題なのでした。


「あ、そうだったな。君は筋肉は無駄にあれど魔力は一ミリたりとも持たないマンポ(笑)だったな。ふっ、ふふふっ」


 あっ、こいつ笑いやがった! 人が気にしてることを! ホント、性格悪いな!


「おいおい俺を睨んでる場合か! ダンジョン冒険者たるもの、魔力が尽きたときだろうとスキルが使えない場合であっても生き延びねばならん! 魔力がないならないなりのことをするんだ! こんなのは冒険者の心得の初歩だぞ! 早く目視確認しろ!」


 うっ、完全な正論だ。こいつに苛ついている場合じゃない。

 こんなヤツでも師炉極は世界的に有名なS級ダンジョン冒険者だ。めっちゃくちゃ死ぬほど不本意で無性に悔しいが見習うべきところは見習わなければならない。

 それにパーティリーダーの指示に従うのも大事だ。統率の乱れはパーティの全滅に繋がりかねない。俺は言われた通り左右を見回した。


 一見したところモンスターはいない。どこを見ても荒れ果てた土地が広がり、うねるような小丘と突き出すような台地があちこちに見える。正面数十メートル先はプッツリと切り立った崖になっていて、背後にはダンジョンの出口なるモノリスがある。空には黒々とした雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうなほど暗い。


「目で見るだけじゃ足りないぞ。五感を総動員するんだ! 肌で感じ、耳で聞け! 風の方向、空気の臭い、それらの味すらたしかめろ! ついでにあるなら第六感も使え! 勘にばかり頼ってはいけないが、いざというとき頼りになるのも勘だ! 今から鍛えとけ!」


 言われたとおりにした……が、正直ダンジョン初心者の俺には難しい注文だ。

 五感とか第六感がモノを言うのは経験則からだから、経験の圧倒的に足りないダンジョン童貞の俺じゃ、この辺の感覚的なことはわからない。

 でも、やらないことには経験も積めないのは間違いないから、一応形だけでもやってみる。


 とは言っても、やっぱり空気とか風を感じるのは難しい、つーか無理だ。

 なんとなく空気が乾いてるような感じがするのと、風にやや湿り気があって雨が降りそう、くらいのことしかわからない。それも合ってるのかどうかすらわからない。臭いなんて、特に何も感じられない始末だ。


 ただ一つだけ確実にわかることがある。それは、


「あの、さっきからこの『カラカラ、カラカラ』って音はなんですか?」


 カラカラ、カラカラ、と何かが鳴るような、軽いものが軽く打ち合うような音がダンジョンに入ってからずっと聞こえている。無機質だけど金属質じゃない、そんな音が辺りに響いている。

 なんだろうこれ? 全然聞き慣れない音だ。何なのかちょっと想像もつかない。


「それはね――」


「待て、勇魚ちゃん!」


 勇魚が何か言おうとしたのを、師炉極が止める。


「今俺は世界に冠たる超一流イケメンS級冒険者として、マッチョくんに冒険者としての心構えとダンジョンで生き残るための術を手ほどきしているところだ。勇魚ちゃんは緊急事態でもない限り、しばらく黙っていてもらいたい。いいね?」


 師炉極は凛々しくも厳しい目で娘にそう言った。その顔に親バカの腑抜けた要素は微塵もない。勇魚は黙って頷く。


 おおっ、師炉極ってあんな真面目で真剣でかっこいい顔ができたのか……! ちょっと感動。

 バカっぽいところばっかり見てきたからつい忘れがちだけど、そういえばこの人は自分で言ったとおり超一流のイケメンS級冒険者だった……ってイケメンって自分で言うなよ。せっかくのシリアスな雰囲気が台無しだ。結局のところ、やっぱり師炉極はダンジョン内でも三枚目か。


 三枚目でもS級冒険者には変わりない。そんな人に直接指導してもらえるのはありがたいことだ。野球でたとえたらイチローとか大谷翔平が教えてくれるようなもんだ。ゲームで例えたら高橋名人に連打を鍛えてもらうようなもんだ。


 高橋名人の連打は凄いからな。なんせ連打でスイカが破裂するんだぜ? 嘘みたいだろ? でもマジなんだこれが。詳しくは高橋名人主演の映画を見てくれ。


「マッチョくん、俺たちはカラカラ音の正体を既に知っている。索敵スキルを使えばすぐにわかることだが、君の場合はそうはいかない。目と耳で確かめるしかないわけだ。慎重に音の方を探ってみろ。周囲への警戒も怠るなよ。マッチョだからって調子に乗るなよ」


 最後の一言は絶対にいらないだろ、と思いつつも文句を言うことなく、俺は素直に指示通りに行動した。基本的にパーティリーダーの指示に従うものだし、S級冒険者の指導だし、いちいちあの人の言うことに噛みつくのも面倒くさいし。


 耳をすませば音は正面の崖下からだった。俺は慎重にそろそろと崖まで近づき、四つん這いになって崖下をそっと覗き込んだ。そこには、


「うわ……」


 思わず声が出てしまうほど、崖気持ちの悪い光景が崖下一面に広がっていた。


 そこにあるのは白いTボーン。生ける屍。骸骨死霊スケルトンの姿が。あと骸骨犬も。


 骸骨死霊スケルトンと犬型骸骨死霊スケルトンが群れなし、蠢きひしめき折り重なり合っていた。ちなみにひしめくは漢字で書くとひしめく。まさにというわけですな。お後がよろしいようで。


 崖下から死者の群れはこっちに手を伸ばしたり、虚ろな黒い眼窩を向けて来る。まるで死者の世界に引き込もうとするかのように。


 カラカラという音の正体はやつらの身体、つまりは骨同士がぶつかりうっちゃり打ち合う音だったのだ。ヒェーッ。


 急なホラー展開とおぞましい光景に背筋が寒くなった。アンデッド系のモンスターを見るのは初めてだし、自慢じゃないが俺は元来ホラーが大の苦手だ。ジャンルを問わずありとあらゆるホラーが大嫌いだ。アンパンマンのホラーマンすら苦手だ。


 あれ、肝付さんの声で誤魔化されてるけど、見た目めっちゃくちゃ不気味だからね? やなせ先生のファニーな絵に騙されるな、冷静に考えてみてほしい、アレ動く白骨死体だぞ? 今、眼下にはホラーマン亜種みたいなのが大量にいる。うひぇぇぇ、気持ちが悪い。


 ホラーが怖いのはマッチョになっても変わらなかった。

 むしろ筋肉をつけてから筋肉皆無のスカスカ骨魔物どもはより不気味に見える。筋肉があれば大抵のことは解決できるというのに、やつらは筋肉どころか肉体すら捨て去ってしまっている。なんて怖ろしいことでしょう。さすがの筋肉もブルルッと震える。

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