いざダンジョン攻略へ!

師炉親娘、愛の劇場開幕! っていったい何を見せられてるの俺?

 いよいよダンジョン突入だ。ダンジョンのモノリスを前にして、俺はめちゃめちゃ緊張しまくっている。


 だって『ダンジョン攻略』だからね。

 たしかに俺は<ユニークスキル>持ちではあるが、ダンジョン冒険どころか授業でさえまともにダンジョンの経験もないのに、いきなりダンジョン攻略なんて前代未聞だ。いくら俺がマッチョでもこれが緊張せずにいられますか。


「緊張してるね?」


 師炉極がニヤリと笑って俺の盛り上がった逞しい肩をポンッと叩いて言った。


「さすがのマッチョくんも、さしずめ初めてのダンジョン攻略にはビビりまくりってところかな? おしっこもらすなよ?」


 こっちを挑発するようなイヤ~なニヤニヤ笑いを浮かべる師炉極。コイツ、本当にイヤなヤツだな。ええ、仰るとおりビビってますとも。めっちゃビビリまくりですよ? で、マッチョがビビっちゃ悪いですかい?

 つーかね、二周りも歳下のいたいけなマッチョ学生がビビってたら、そこは優しく気遣うのが大人ってもんでしょうよ?


 それどころか煽ってくるなんてさすがに人として間違ってるだろ。

 英雄にはサイコパスが多いと聞くが、師炉極もそのクチだったか。

 しかしこんな父親から勇魚みたいないい子がよく生まれてきたもんだ。アニメとかラノベだとトンビがタカを生むパターンがときどきあるが、現実だとカエルの子はカエル、DQNの子はDQNがセオリー。勇魚みたいなケースはこの世の奇跡と言っていいだろう。


「懐かしいな、その感じ。あの頃、冒険者として駆け出しだった俺も、今のマッチョくんと全く同じだったよ」


 ふと、師炉極の笑みからイヤな成分だけが消え去った。


「どんな英雄にも最初はある。どんな優れた冒険者も初心者の頃はビビらざるをえない。俺だってそうだった。そういうもんなんだ。今のマッチョくんみたいな特殊な状況だとなおさらだろう。初ダジョンが『ダンジョン攻略』なんだからな。キツイのはよくわかる。だが、一流は得てしてそうなんだ。キツイ場面が何度もあるもんなんだよ。そう運命づけられていると言っていい。英雄がキツイのは宿命さだめなんだ。その上であえて言う、しかしビビり過ぎるなよ。緊張し過ぎるなよ。緊張はほどほどに、頭は常に冷静に保て。肉体も頭脳も柔軟でいろ。感覚を研ぎ澄ませ。いかなる時も余裕を崩すな。それが一流冒険者の心得だ」


 師炉極は俺の背中を一発、バシンッと強く叩いた。ちょっと痛い、けど不思議とイヤな感じはしない。


 えっ、この人、急にいい人な雰囲気出してくるんですけど。思わず惚れそうになる。や、惚れないけど。俺ホモじゃないし。あ、これアレだ『ヤンキーギャップ理論』だ。たとえば子犬を拾うという行為を優等生とヤンキーがした場合、後者のほうが何故か素晴らしく見えてしまう思考バイアスだ。


「まぁまぁ、安心したまえ。何と言ってもこの俺、大日本を代表する、全世界に冠たる超一流のS級冒険者のこの師炉極がついているのだからね! なにも心配することはない。大船に乗ったつもりでいたまえ! ふはははは! あ、勇魚ちゃんはお前にはやらんぞ。そこは勘違いするな。勇魚ちゃんもこんな筋肉モリモリマッチョマンの変態には近づかないように!」


「お父様! 能見くんに変なこと言わないで!」


 顔を真赤にして父に抗議する勇魚。

 勇魚も大変だなぁ、同情するよ。よくよく考えてみると、クラスメイトの父親から粘着されるより、自分の父親が他人に粘着している方がキツイ気がする。


 身内の恥って自分の恥よりキツイときあるもんな。

 俺も覚えがある。ガキの頃、遊園地のゴジラショーでラドンが出てきた時、親父がデカい声で「ギャオスだ! ギャオスだぞ、琴也! がんばれーギャオス!」って叫んでたの恥ずかしかったな。ゴジラショーだってデカデカ書いてあんだろ、ギャオスはガメラだバカ親父。お互いアホな親を持つとホント大変だよな。マジで深く同情するよ。


「い、勇魚ちゃん! ぱ、パパは勇魚ちゃんを思ってだね? パパのかわいいかわいい勇魚ちゃんに悪い虫が付かないように守ってあげてるんだよぅ?」


「……はっきり言って、勇魚の目には今のお父様の方がよっぽど悪い虫に見えます」


「ガガーン!? パパ、ショック!!」


 娘からの痛烈な一言! 師炉極、たまらずダウン! 膝から崩れ落ちて四つん這いだー!


 いや、そんなにショックか? 言葉だけで大の大人が膝から崩れるなんて相当だぞ。下手すると憤死しそうだ。カノッサの屈辱みたいに。ところで憤死ってどんな死に方なんだろ? 教科書にはそこまで書いてなかった。


 いやまぁ溺愛している娘によかれと思ってしていたことを否定されるとそうもなるのかな? ま、気持ちはわからんでもない。


「い、い、勇魚……ちゃん……」


 お、まだ息があった。が、まだ立てないらしい。師炉極は四つん這いのまま全身をプルプルと震わせている。格好もまさに虫の息って感じ。この人、いちいちやることなすことオーバーリアクションで正直見ていて飽きない。


「お父様は少し過保護です。私と能見くんを変に邪推するのは過保護が過ぎるからだと思います。年頃の娘の男性関係を心配するのもわかりますが、今のお父様の態度は異常です。はっきり言って迷惑です。もっと余裕をもって見守ってくれませんか? そんなに勇魚のことが信用できませんか? 勇魚は信用できない娘ですか? 自分で優等生だとは言いませんが、勇魚は絶対にそんなふしだらな娘ではないです。だって、大好きなお父様とお母様に愛情たっぷり大切に育てられましたから……」


「勇魚ちゃん……」


 崩折くずおれた父に、そっと寄り添う娘。うーん、なんか急に良い光景だ。突然の展開に感動のアンビリバボーって感じ。


 そういえば、これもやっぱりガキの頃「アンビリバボーのたけしって別にいらないよな」とかほざいたヤツと取っ組み合いの喧嘩になったことがある。あの番組はたけしあってのものだと今でも強く思っている。今となっては懐かしい思い出だ。最近見てないけど、元気にしてるかな、たけし。


「そうだ、そうだな……勇魚ちゃんがそんなふしだらビッチなわけないよな。勇魚ちゃんが良く言う相手がそんな変態なわけないよな。たとえマッチョでも。うん、パパが悪かった。一人娘だからかな、少し心配が高じてから回ってしまったらしい。まったく、こんなバカなパパで情けないね」


 恥ずかしげに目を伏せる師炉極。大人でも……いや、大人だからこそ素直になりきれないこともあるんだろうな、きっと。


「いいえ、お父様は情けない人なんかじゃないです。私の大好きなパパですから」


「勇魚ちゃん……」


 抱き合う親娘……ええ話や。マッチョの目にも涙やでホンマに。


「さ、お父様、能見くんに謝ってください。能見くんは見た目通り懐の広いデカマッチョですからそれで許してもらえます。ね? 能見くん」


「えっ、ああ、うん……」


 正直、別にそこまで気にしてなかったけど、ま、たしかに謝罪は必要か。ケジメという意味でもここでちゃんと区切りつけておくことも大事といえば大事だ。


「……わかった。マッチョくん……この度はどうも……すまーんぬ……」


 師炉極が非常に極めて不服ながらも油が切れたロボットみたいなぎこちない仕草と、歯に物がぎっしり挟まったようなモゴモゴで曖昧な発音で、一応形ばかりはギリギリ謝罪に見えなくもない、イヤイヤ感マックスの大人としては最低な謝罪の意を示した。

 俺に謝るのそんなにイヤか。ふっ、ここまで徹底したイヤイヤ感だと、もう笑っちゃうしかない。ホント子供みたいな人だな、師炉極って。


「お父様……!? い、今のはなんのつもりですか? ひょっとして謝罪だったとかホザくのではないでしょうね……!?」


「い、勇魚ちゃん……!」


 ブチギレる勇魚。ビビる師炉極。嗚呼、さっきまで美しき親娘の愛情はどこへやら?

 『師炉親娘劇場』にはいい加減飽きてきたので、ここらでそろそろ幕引きしよう。


「いいよいいよ、勇魚。もう充分伝わったからさ。それにほら、もうそろそろダンジョン突入予定の時間だし」


「能見くんがそう言うなら……」


 勇魚は不満げに、しかしかわいく唇を尖らせ横目で父を睨んだ。

 そんな勇魚もやっぱりかわいい。少なくとも俺にはそう見えるのに、当の睨まれた師炉極はまたまたビビってるのがまたおもしろい。ホント、おもしれー親娘。


「はい、お父さんも勇魚ちゃんも茶番はそこまでね。そこのマッチョくんの言う通り、もう時間ですよ」


 と、参甲小百合子が手をパンパン叩いて言った。茶番って……w 俺は思わず笑ってしまった。自分の夫と娘のやり取りをそんな風に表現するか? ホント、おもしれーお母さん。


 茶番扱いされた演者の親娘は気まずさと恥ずかしさで、二人揃って頬を染めて俯いた。仕草が似てる。やっぱ親娘だな。それをなぜか微笑ましそうに見つめるお母さんの参甲小百合子。なんか漫画みたいでホント、おもしれー家族。

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