変態からイタ電 もとい一献寺香良から通話 1

 そして『ダンジョン攻略作戦会議』が始まった。

 が、すぐに終わった。一瞬だった。ものの十五分くらい。


 拍子抜けもいいところだ。ダンジョン冒険よりも遥かに重大な意味合いを持つダンジョン攻略の作戦会議、しかも世界に冠たる師炉夫妻が加わるところに俺が参加できるなんてまるで夢のような体験、そう思って緊張の面持ちで挑んだら、緊張している間に終わってしまった。


 勇魚曰く、


「初日はマッピングも済んでないからダンジョン構造も出現する魔物も不明だから、攻略方針も作戦も立てようがないのよね。だから初日はメンバーの顔合わせの他には特にやることもないのがほとんどなの」


 なるほど、言われてみれば納得だ。未知のダンジョンへの対策なんて立てようがないもんな。前準備だけすれば、他にやることもないわけだ。


 さて、一時間後には初のダンジョン攻略だ。

 さすがのマッチョも緊張する。ダンジョン冒険すらまともにやってないのに、いきなりダンジョン攻略だもんな。ともすれば俺の筋肉は震えだしがち。武者震いならぬマッチョ震いってやつだ。


 ダンジョン突入前の最終準備は終わったし、特にやることもない。うーん、気が急いてなかなか落ち着かない。

 よし、ここは筋トレ一択だ。筋トレはメンタルに良いし、睡眠の質も改善されるし、何よりも筋肉が喜ぶし、継続すればやがて誰もが憧れるマッチョにもなれる。良いことずくめさ。


 ホテルの部屋の適当な梁に手をかけて懸垂を堪能していると、スマホから着信音が。

 誰だこんなときに? こっちは筋肉を喜ばせるので忙しいんだけどな。

 とまれ、大事な連絡かもしれない。もしかしたら危険な任務へと向かう俺の身を案じてくれた恋人からかもしれない……うん、そんな相手なんていないよ。妄想さ。いたらいいなって思っちゃっただけだ。


 一旦筋トレを止めてスマホを取り出した。

 すると画面には『一献寺香良』の文字とヤツのアヘ顔ダブルピース写真 (こち亀の両津がやってそうな感じのバカっぽいの)がデカデカと表示されていた。なんじゃこりゃ。


 もちろんこれは俺のスマホじゃない。一献寺香良あいつと連絡先を交換するわけない。理由がない。そんな仲じゃないし、なりたくもないし、そんな趣味もない。このスマホは『ダンジョン攻略研究調査室』から貸与されたものだ。


 どうしよう、正直通話に出る気が起こらない。

 ダンジョン攻略一時間前はナーバスだし、そうじゃなくても相手が一献寺香良だし、なんか写真も見れば見るほど腹立つし。

 そういえば着信音が『摩訶不思議アドベンチャー』だった。なんでだ。

 昔のジャンプが好きなのか? だとしたら意外と良いセンスしてんのな。


 わざわざ通話をかけてくるということはそれなりに大事な用事があるんだろうな。しゃーない、一応出ておきますか。着信を無視するのもどうかと思うし、マッチョとして。

 緑の通話開始ボタンを指でスッ。


「ハ~イ、キンちゃ~ん! カラちゃんだヨ~」


 第一声が何故かカタコトだった。

 なんでだろう、すっごくイラッとくるゾ☆


 帰国子女タレントのつもりか、もしくはハーフタレント気取ってるのか? どっちにしろおバカ系の感じが全面に押し出されている。

 そういえばタレントのバカキャラって長続きしない気がする。結局正気に返るか、そのまま消えるかのどっちかだもんな。やっぱり歳くってくると厳しいのかな? いい歳してこいつ何言ってんだってなるもんな。あ、俺の一献寺香良に対するイラつきもそれか。


「あれー? 電波悪いのかなー? 聞こえないよー? ねぇーねぇー?」


 なにがどうして一献寺香良がこんなキャラで通しているのかさっぱりわからない。あんたさっきの作戦会議じゃ普通だったよな? 今の俺はこんなノリに到底付き合いたくない。いや、元々一献寺香良の悪ふざけには付き合う気なんてさらさらないけどさ。

 ああ、とにかくもうイライラしてきた。こっちはダンジョン攻略前でピリピリしてるってのに。思わずスマホを握る手に力が入る。


「ん? ひょっとして怒っているのかい? 今、ミシミシとかメリメリ、とかスマホのきしむような音が聞こえてきたが」


 おっと、いかんいかん。以前とは違って今の俺は激強マッチョ。迂闊に力を入れれば触れるもの全てを壊しかねないんだった。短気は損気。気をつけないと。


「ええ、ダンジョン攻略前ですからね、ちょっとナーバスなんですよ」


「そう思ってね、君の緊張を取るためにユーモアたっぷりにおどけてみたのだがどうだったかい? 少しはリラックスできたかね?」


 あ、今の優しさだったんだ。逆にすっごくイラッ☆とキちゃってた。目の前にいたら自慢の筋肉をお見舞いしたくなるほどに。

 ま、でもそれは正直には言わないでおこう。全然ありがたくはなかったけど、優しさには優しさで返すのが筋肉紳士ジェントルマッチョの流儀だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る