赤ちゃんマンより子供な師炉極には辟易するしかない ま、勇魚に免じて許してやるよ

 家族の美しくもおぞましいスキンシップを傍から眺めている俺に勇魚が気づいた。


「あ、能見くん、こちら私の両親……て、もう顔合わせはすませてたかな?」


「ああ、うん、なかなか強烈なご挨拶を受けたよ」


 俺は皮肉たっぷりに言ってやった。

 皮肉に気付いた勇魚がギョッと驚いた。

 その後ろで親父さん、師炉極が焦り顔。


 勇魚は背後の両親にくるりと振り返った。


「お父様、もしかして能見くんに失礼なことをしましたか?」


 勇魚の抑揚を抑えた声がやけに鋭くキレがあった。こ、怖い……。俺が言われたわけじゃないのに背筋に寒いものが走る。


「あわわ、あわあわ、いや、そ、そんなことするわけないじゃないか、あわわ。昨日も通話で言っただろ? あわ、あわわ。パパが能見くんをダンジョンに連れて行くのは、あわ、彼の力を『世界ダンジョン対策委員会ギルド』に認めさせるためであって、あわわ、パパが一生懸命育ててきた目に入れても、脳に突っ込まれても痛くない最愛の娘である勇魚ちゃんに軽々しく手を出すゲロカスクソマッチョ野郎をあわよくば合法的にこの世から葬ってやろうとか、そんなことは決して考えないんだよ、あわ、あわ、あわわ。勇魚ちゃん、パパの目を見て! この瞳が嘘をついているように見えるかい!? なぁ、ママ!? あわわわわ!」


 めちゃくちゃ露骨に狼狽しまくりな師炉極。隣の参甲小百合子がぎこちない頷きを何度も繰り返す。


 なんかすっごいあわあわしてる、というよりあわあわ言ってる。

 人って慌てるとあわあわするだけじゃなくてあわあわ言うんだな、新発見。てか嘘下手かよ。途中で本心がそっくりそのまま声に出てるしさ。態度もそこまで露骨だとバレバレなんだよなぁ。


 父の目をじーっと見つめる勇魚。

 娘の視線を受け止めきれず、世界水泳自由形並みに目を高速で泳がせる師炉極。


「たしかに、嘘をついてる目じゃないですね。わかりました、お父様を信じます」


 俺はもうそれこそギャグ漫画みたいにずっこけそうになった。ズッコケ一人組。そりゃただのボッチか。


 いやいや、勇魚さんよ、いくら相手が父親だからってあんな露骨な態度の稚拙な手に騙されてたらいつかとんでもない詐欺に引っかかりますよ? クソの役にも立たない羽毛布団とか竿竹とか買っちゃダメだよ?


「能見くん、もしかしたら父が失礼なことをしたかもしれないけど、悪気があったわけじゃないと思うの。父はちょっと間抜けでお調子者でドジでバカなところがあるけど、決して悪い人じゃなくて、本当はいいところもあるの。今回のダンジョンの件もね、父は本当に能見くんのためを思って提案してくれたみたいなの。ゴリ押しにはなってしまったけど、そうすることでしか『世界ダンジョン対策委員会ギルド』や政府に能見くんを認めさせることができないって。能見くんの冒険者としてのキャリアを思って、父なりの優しさのつもりなの。その証拠に……て言ったら変かもしれないけど、父と母がここに来たのも能見くんを守るためでもあるの。世界的冒険者の二人とパーティを組めば安全は保証されたといっても過言じゃないと思うの。父はおっちょこちょいの独善的独裁者気質の傲岸不遜の目立ちたがり屋の我儘の駄々っ子で鬱陶しいくらい子煩悩の嫉妬深いおよそ大人の男の人とは思えないほど幼稚で馬鹿だけど、本当は優しいところもあるんだよ? だから今日のところは許してもらえないかな?」


 勇魚はこちらに振り向き、心底申し訳無さそうに言った。


「勇魚ちゃん……もしかしてパパ、ボロクソに言われちゃってる?」


 その背後で悲しげな遠い目をする父、師炉極。愛娘にくそみそに貶された師炉極の姿はどこかおもしろおかしく見える。容姿はイケメンだけど、やっぱこの人三枚目キャラだわ。


 一献寺香良と同じように、俺のためと勇魚は言う。

 悪いけど、俺はそれでも師炉極を信じられない。握手に見せかけて不意打ちで俺の手をキめにかかる大人を今すぐ信用するのはちょっと無理。


 いくら俺のことを娘に近づいた変態筋肉野郎だと思っているにしてもね……さすがに嫉妬に狂いすぎ。超えちゃいけないラインを軽くイッちゃってる。

 それに嫉妬は怖いからね。嫉妬が時に人を殺すことは歴史が証明するまでもなく、日頃ニュースでもよく見るほど当たり前のことだ。


 でも、勇魚のことは信じている。ドラゴン襲撃事件のとき、石舟先生を助けるために我が身を省みずA級魔物に立ち向っていった勇魚の言葉なら俺は信じられる。

 親バカ通り越してバカ親の師炉夫妻も、まさかその最愛の娘の前で俺に危害を加えるとも思わないし、最低限命の保証はされてると考えてもいいだろう。


 それになんて言ったって勇魚はかわいい。俺も男だから、かわいい女の子にはついつい甘くなっちゃうんだよなぁ。ま、仕方がないよね? 男だったらみんなそういうもんだよね?


「勇魚に言われたら仕方がないな。ま、俺はそんなに気にしてないし、勇魚も全然気にしないでいいよ」


 俺はあえて『下の名前呼び』を強調して言ってやった。効果はてきめん、勇魚の後ろで師炉極が顔を真赤にしていた。『俺の娘の名前をテメーみたいなマッチョヤリチンが気安く呼ぶな!』とでも思っているのだろう。ホント、わかりやすくて面白い人だ。


「ありがとう。能見くんは優しいね」


 にっこり微笑む勇魚。ホントかわいい。このかわいさだけでも父親の無礼千万をチャラにしていいと思った。


 が、勇魚の後ろで師炉極はこっちに向けて中指を立ててきた。しかも両手ダブルで。本当に大人げない人だな。世界の英雄がこんな幼稚だなんて激しく幻滅だ。これじゃまだ赤ちゃんマンの方がよっぽど大人だよ。


 ま、そんなこんなですったもんだありながらも、勇魚の仲立ち(?)もあって俺は師炉夫妻との初顔合わせを無事 (?)に終わらせることができた。

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