学校で一番の美少女「下の名前で呼んでいいよ」
「はーい、注目~!」
石舟先生が手をパンパンと叩いた。クラスメイト全員が先生の方を向く。
「今回の件は緊急を要する大変な事態です! なので皆さんは一旦教室に戻って待機してください。先生は大至急、上にこの件を報告しなければなりません。あ、師炉さんと能見くんは先生が戻って来るまでここに残って、誰もダンジョンに入らないように見張りをお願いします」
「えっ、なんで俺?」
「能見くんなら、もし無理にダンジョンに入ろうとする人がいたとしても、その自慢のマッチョボディで食い止められますからね。期待していますよ」
石舟先生がウインクする。
ふむ、マッチョマンとしてそこまで頼られちゃしょうがない、俺はマッチョらしく鷹揚に頷いた。
先生たちが行ってしまうと、俺は師炉勇魚と二人っきりになってしまった。
学校を代表する美少女と二人っきりなんて……うん、とっても気まずい……。
自慢じゃあないが俺は女の子と二人っきりになったことなんてない。少なくとも記憶にはない。だからどうしていいかまったくわからない。
ただただ静かで、視線をあげれば白い雲が流れてく。あ、ちょうちょも飛んでる。雲とかちょうちょとか、どうでもいいようなことが気になってしまうほど平和なのにやけに耐え難い雰囲気のみちみちた時間をどう過ごせばいいのやら?
話しかけるべきか?
でもどうやって?
皆、女の子に話しかける時ってどうしてるんだろ?
俺、女の子とまともに話したことなんてないよ。あっちから話しかけてくれないかなぁ、それなら少しは話せると思うんだけど。
というか、あっちからも話しかけてこないってことは俺と話したくないってことなのかな?
あ、その可能性は大いに有り得るな。気まずさを感じてるのも俺だけだったりして。むしろ師炉勇魚にとっては俺と話すよりこの沈黙のほうがいいのかも……。
チラッと師炉勇魚を見る。あっちもこっちを見ていた。思いっきり目があってしまった。
陰キャな俺は思わず目をそらす。失礼なことだとわかっているのに、変に目をそらしてしまうのは陰キャのサガさ。美少女が相手だと特に。
哀れだろ? 大いに同情してくれ。
「能見くん……」
なんとあっちから話しかけてくれた。
「は、はい……」
願ったり叶ったりなのに、ビビってしまった。
目が合ったのに失礼なそらし方をしたから怒られると思ったし、そうでなくても女の子と二人っきりで話すのは緊張する。
「もう一度ちゃんとお礼を言わせて、能見くん、助けてくれてありがとう」
怒られるどころかお礼を言われてしまった。ひとまずほっとした。
「あ、ああ、いいよ。さっきも聞いたし……」
我ながらなんてぶっきらぼうな言い方なんだろう。俺ってつくづく陰キャなんだな。この染み付いた陰キャ根性が恨めしい。こんなんじゃせっかく話しかけくれたのに相手を嫌な気分にさせてしまうだけだ。
俺の馬鹿! ほんとはもっと仲良く話したいのに!
せ、せめて顔を見て話をしよう。それがせめてもの礼儀……俺は勇気を出して顔を上げ、師炉勇魚を見た。彼女の美しすぎる微笑がこちらを見ていた。
突然、ふっと美しい笑顔が曇った。
「能見くんって本当は凄かったんだね。私なんかよりずっと……」
師炉勇魚の顔に翳りが差した。言い方もなんだか謙遜するような感じじゃない。なんだか自分自身を卑下するような自嘲するような雰囲気を帯びていた。
そんなのは師炉勇魚に似合わない。俺の知る師炉勇魚は泰然としてクールで、ずっと凛として強いはずだった……それはただの俺の主観か願望かもしれないけど、でも『私なんかよりずっと』なんて師炉勇魚には当てはまらないのは間違いない。
「そんなことない! 師炉勇魚は俺なんかよりずっと凄いよ! だって、先生を一番に助けに行ったのは師炉勇魚じゃないか! 俺なんか、最初は皆が戦ってるのをずっと呆然として見てただけの臆病者だよ。俺が勇気を出してドラゴンに立ち向っていけたのは石舟先生や師炉勇魚が戦ってくれたおかげなんだから。俺が戦えたのは師炉勇魚がいてくれたおかげだよ」
師炉勇魚は凄い、そこだけは絶対に否定しちゃいけないし、それだけは絶対に伝えたかった。
「そ、そう? あ、ありがと……」
師炉勇魚は顔を真赤にし、俯いてしまった。それで会話は完全に途切れた。
あー……変なこと言っちゃったな。
あぁ……失礼なことしたよなぁ。
あーあ俺ってホント馬鹿だ。
何を急に熱苦しいようなこと言っちゃったんだろぅ。皆がいるときはもっと普通に話せてたよなぁ、なのに二人っきりだとどうしてこんなテンパっちゃうんだろう?
くぅ、陰キャは辛いよぅ。マッチョボディを得ても、心までマッチョになりきれない自分が情けない。
でも、師炉勇魚は一応『ありがと』って言ったよなぁ。てことはそんなに悪いことをしたわけじゃないのかな?
それならまぁいいか……。師炉勇魚は凄いんだって、少なくとも俺はそう思ってるってわかってくれればそれでいいし。
二人っきりになって約三十分経った頃、ようやく石舟先生が他の先生二人と一緒にやってきて、俺たちは見張りの任務から開放された。
「ご苦労さま、二人とも教室で待機してて、あとからすぐに先生も行くから」
俺たちは二人で教室に戻ることになった。
無言のまま二人で並んで歩いて、教室の前で師炉勇魚が足を止めた。つい、俺も一緒に足を止めた。師炉勇魚がこっちを見た。
見つめられるだけで俺はドキドキしてしまう。何か言われるのかな? 彼女の言葉を待った。
「私のことは『勇魚』でいいよ。フルネームは長ったらしいでしょ?」
そう言って、勇魚ははにかんだ。俺より一足先に教室に入っていった。俺はその背にコクリと頷いた。
……えっ!? マジで!?
女子を、しかもあんなにかわいい子を俺なんかが下の名前で呼んでいいんですか!?
これもマッチョになったおかげ!?
多分今の俺の顔はコーラの缶より真っ赤に違いない。だって顔が死ぬほど熱いから。
女子 (しかも美人)から下の名前で呼んでいいよ、って言われたから、今日は勇魚記念日。
ドラゴンを倒したことよりこっちのほうが俺にとって嬉しいような気がした。
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