クラスを救って一躍ヒーロー

陰キャでも筋肉鍛えてドラゴン倒せば一躍ヒーローになれるのですよ

 またドラゴンが出るかもしれないというわけで、俺たちはすぐにダンジョンから離脱した。現実世界に戻り、校舎裏の駐車場のモノリス前で先生含め一年C組の全員が揃うと、そこでようやく一息つけた。


「ぶぅぁ~~~~………………一時はどうなるかと思ったぜぃ……」


 グラが盛大なため息混じりに言った。


「全くだな。廃ダンジョンにA級モンスターが出るなんてなぁ……ホント、ありえない……」


 俺はうんうんと頷いた。

 そんな俺の筋肉で盛り上がった岩のような肩を、突然立ち上がったグラが興奮の面持ちでパンパン叩く。


A級の魔物ドラゴンもそうだけど! いや、お前もだよ! お、ま、え! 俺は死にかけてて意識朦朧としてたからよく見えなかったし、断末魔の妄想かと思ったけど、琴也、お前ドラゴンを一撃で倒してたろ!? それもパンチで!!! あれ、なんなんだよ一体!? そんな<スキル>持ってたのか!? いつからそんな強かったんだよ!?」


 グラだけじゃない、他のクラスメイトたちも俺に駆け寄ってきてグラにそーだそーだと同調する。そこに責めるようなニュアンスはなく、皆俺の働きに感動したり、興奮したり、称賛してくれている。


 俺はちょっとどころじゃなくて激しく照れた。

 筋肉モリモリマッチョマンで初登校したときも変な注目を浴びたが、今回は純粋に嬉しい注目の浴び方で、そんな風に見られたことなんて生まれて一度もなかったから、情けない話だが、俺はもう嬉しさのあまり照れて顔を赤くし、俯いて吃るしかできない。


「驚いた、あなたって本当は強かったのね」


 不意に女の子に話しかけられた。しかも師炉勇魚だった。

 あの二台英雄の娘にして鶚が崎高等学校のヒロイン、誰もが羨み憧れる美少女冒険者がこの俺に……!


 ここで気の利いた男なら自然かつフランクに話すのだろうが、そこはちょっと前までヒョロガリでファンタジーオタクな俺、やっぱり照れて赤くした頭をかいてヘラヘラするしかできなかった。

 ああ、悲しきかな陰キャのサガ。そもそも女子に対する免疫がないのに、いきなり美少女相手は荷が勝ちすぎる。


「先生も驚きました! 能見くん、先生を、皆を、クラスを助けてくれて本当にありがとう……!」


 石舟先生はそう言って目をうるませたかと思うと、突然俺に抱きついてきた。

 マッチョボディはいきなり抱きつかれてもビクともしない。が、俺の心はクラクラだった。

 ああ、先生の柔らかく温かい身体に密着されて、その、なんと言いますか、恥ずかしい話、正直に言いますと、と~~~っても気持ちがいいのです。


 しかし気持ち良すぎるというのも問題がある。筋肉は脂肪と違って敏感で反応がいい。先生に刺激されたおかげで俺のマッスルは優れた瞬発を魅せ官能に感応、大変な部分に血流が集中しそうになったので、俺は慌てて先生を引き剥がした。


「あ、あの、先生抱きつかれるのはちょっと困ります……」


 次からは困らない場所でお願いします、なんて口で言えるわけもないし、言うべきでもないから心の中で言った。


「あんっ……能見くんって結構たくましいんですね……でも、そういうところもイイかも……」


 石舟先生が妖しく潤んだ瞳で見つめてくる。

 くっ、これは童貞には刺激が強すぎる。

 三十四歳の色香は倍以上歳が離れている俺でもクラクラとキてしまう。


 つーかこの人は先生のくせして衆人環視の中何を言ってるんだ? ひょっとして危ないティーチャーなの? 教師と生徒、成人と未成年の絶対にして神聖な垣根なんてこの人にはないのかしらん?


「あー! 先生、ノーキンに助けられて惚れちゃった!? 生徒と教師の禁断の愛が育まれてま~す! 警察の方~! 不純異性交遊の現場こちらで~す!」


 ほんのちょっと前まで死にかけてとは思えないほど元気にグラが囃し立てる。このお調子者の馬鹿め。もう一度瀕死になるか? 今のマッスルな俺なら余裕なんだが?


「わー! 先生、能見くんが好きなんだ~!」


「お熱いね~お二人さん!」


「式には呼んでくれよな!」


「キーッス! キーッス!」


 グラだけならまだしも、周りも一緒になって囃し立ててくる。多勢に無勢、陽キャに陰キャでもう俺は本当に困り果てるしかなかった。ひたすら苦笑いするしかない。


「もぅ! 違います! 先生は……その……大人として先生として感謝を示しただけです! 本当にそれだけで、別に他意はないんです!」


 普段のほほんとした石舟先生が珍しく顔を真赤にして猛抗議。

 先生、それ、逆効果です。先生がガチで照れるのが余計ガチっぽくて火に油になってる。


 絶望的な状況から無事生還した反動か、クラスメイトたちのテンションもやけに高いし、もうどうしたらいいのやら。いくら鍛え上げられた筋肉を持ってしても、こーゆー状況は如何ともし難い。

 筋肉でも解決できないことってやっぱりあるんだなぁ。筋肉万能説破れたり。


 助け舟を出してくれたのは師炉勇魚だった。


「皆、もう止めましょう。能見くんが困ってるわ。あんまりからかっちゃ可哀想よ」


 鶴の一声だった。師炉勇魚がそう言っただけで手のひらを返したように皆の態度が一変した。


「わりわり、ちょっと調子に乗っちゃったわ」


 謝るグラを筆頭に、


「能見くんごめんね、変なイジりかたしちゃったね」


「ごめん、能見、助けてもらったのにからかうようなこと言って」


「ああ、いーよいーよ、全然平気、大丈夫だから、ははは……」


 ドラゴンを倒しクラスを救う偉業を達成しても、まだまだクラスの中心は師炉勇魚なんだなぁ。

 いや、別に嫉妬とか羨ましいとか恨めしいとかそういうのじゃなくて、ただ純粋に師炉勇魚のリーダーシップというかカリスマといいますか、人を惹きつけ人を率いて人を従わせる不思議な魅力に、俺はただただ関心していた。


 やっぱり師炉勇魚は他のクラスメイトたちとどこか違う。

 今までは遠くで見てばかりいたけど、こう近くで見ていても、なんというかオーラが違う。

 美少女なだけじゃこの雰囲気は出ない。家柄か、それとも人間的な魅力なのか、確かなことはわからないが、とにかく師炉勇魚は不思議と魅力に溢れている。


 今も皆を優しく諭し、諌め、面倒なノリを鎮めてくれただけで、俺は彼女を好きになりかけてしまった。


 いや、ほんのちょっとだけだよ? ほんのちょっぴり、なんかいーな、って思っただけだ。

 決してマジで惚れちゃったわけじゃあないよ。

 いくら陰キャな俺でも美少女に話しかけられたり、ちょっと助けられたくらいで恋したりしないよ。多分。


「能見くん、一つお願いがあるんだけど、いいかしら?」


 突然、師炉勇魚が言った。


「は、はい、なんでしょう……?」


 美少女過ぎる瞳にまっすぐに見据えられ、思わずオドオドしてしまう俺。ホント情けない。シュワちゃんならもっと堂々としてるはずだ。

 俺はまだまだこの筋肉に相応しい男になれていない。精進しなければ。もっと筋トレしなくては。


「よかったらステータスを見せてもらってもいい? ドラゴンをパンチ一発で倒す人のステータスってやっぱり気になるじゃない?」


「あ! それ俺も気になってた! ドラゴンを瞬殺だもんな! ってことはさぞ凄いスキルがあるんだろ!?」


 グラが乗っかってくる。しかしこいつ、さっき死にかけてたとは思えないほど元気だな。


「あー、みたいみたーい」


「俺も気になるなー。能見のステータス見たことなかったし」


 他のクラスメイトたちも囃し立てる。

 ま、別に隠すものでもない。俺は頷いた。


「『ステータスオープン』!」


 俺は皆のデバイスに、自らのステータス情報を開示した。

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