マッチョ×ドラゴン

 おや……?


 一歩目から、俺は違和感を覚えた。一歩、また一歩と踏み出すたび、地面を蹴るごとに俺の身体は面白いように加速する。


「嘘だろ……!?」


 思わず声が漏れる。それほど俺は速い。新幹線に乗ったときみたいに周りの景色がビュンビュン通り過ぎてゆく。


 時速百キロ……? いや、多分それ以上だ……!? 感覚的にだけど、おそらく二百キロ以上か……!!!???


 ウサイン・ボルトを遥かに凌駕する人類史上圧倒的最速のスプリントを体験しながらも、なぜか俺はやけに冷静だった。

 生身で何百キロも出しているのに何も怖くない。速度、感覚、そして感情すら、全てが安定している。


 驚異的な速度を一切破綻をきたさずに支えるもの、それは筋肉。

 そう、何もかも全ては筋肉の支配下アンダーコントロールだ。


 やはり筋肉……筋肉が全てを解決する!


 身体を動かすごとに自信が満ち溢れてくる。大丈夫、お前には筋肉おれたちがついている、筋肉がそう語りかけてくるようだ。


 そうだな筋肉、俺は筋肉お前を信じるよ!


 俺は筋肉の躍動と律動に身を任せた。筋肉の赴くままに身を任せ、意志を委ねる。


 初めて俺は筋肉と一体になった。


 筋肉がドラゴンを打ちのめせと叫ぶ。俺は応える。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」


 跳躍。ロケットの如く地上から射出される俺の肉体。鋭く低伸する弾道を描き、俺はドラゴンに一直線。

 俺は一個の弾丸だ。筋肉弾丸マッスルバレット。目にも止まらぬ速さで、ドラゴンの眼前に迫る。


 ドラゴンが俺に気付いて目を剥いた。今日、俺は初めてドラゴンを生で見たが、ドラゴンのビックリ顔も初めて見た。


 やつめ、俺に……俺の素晴らしい筋肉に驚いているらしい。凶悪な目つきがまん丸く剥かれてアメリカンコメディみたいにファニーなビビリ顔を晒している。

 ビビったところでもう遅い。既に俺の筋肉はお前を射程内に捉えている。


「ッゥしゃあああああァァゥおらあァァァァァ!!!!!」


 俺はドラゴンの顎に、渾身の本気筋肉右ストレートハードマッスルパイルバンカーを食らわせた。


 ドンッ!!!


 ドデカい太鼓を強かに打ったような鈍い音が一発、世界に轟いた。俺の必殺の右手がドラゴンの顎を打ち砕いた。


 ドラゴンの顎は盛大にズレ、目は一瞬にしてトんだ。閉じなくなかった口から赤黒い舌がべ~ろんと飛び出し、ドラゴンはズズゥンと音を立て地に沈んだ。やや遅れて、俺はドラゴンの頭のすぐ後ろに着地した。


 ゆっくりと振り返る。テンカウント数える必要はない。右手の感触でそれがわかる。ドラゴンはもう倒した。俺の筋肉はドラゴンを一撃で葬り去った。


 確信とともに顔を上げると、グロッキーにダウンしたドラゴンの肉体はピクリピクリと幾度か痙攣ののち完全に生命活動を停止。光の粒子を天に向かって放ち、やがて完全に消失し、代わりに<アイテムボックス>が出現した。


 <アイテムボックス>の出現は敵の撃破を意味する。


 ドラゴンは死んだ。俺の筋肉によって滅んだ。マッチョの完全勝利だ。

 『筋は龍より強し』、んっんー……名言だな、これ。


 つい先程まで悲惨を極めていた戦場は打って変わって静寂を取り戻した。漫画でいうところの『シーーーン』がうるさいどほど聞こえていた。石舟先生も、師炉勇魚も、他のクラスメイトたちも人それぞれ様々に驚愕の顔を浮かべ、俺を見ている。


 正直、そんな風に皆から見つめられると照れる……とか言ってる場合じゃない。余韻に浸ってる場合でもない。ドラゴンは倒したが、まだやるべきことが残ってる。グラを、瀕死の彼を早く助けないと……!


回復術師ヒーラー! 早く来てくれ! グラが危ない!」


 俺の声に皆がハッとなった。クラスメイトの中で比較的軽傷の今すぐ動ける人たちがすぐにグラの元へ駆けつけてくれた。グラの傷は深かったが、早く処置できたので命に別状はなかった。


 他のクラスメイトたちも同様だった。傷を負った者は多いが、重傷者はいない。全員無事だ。一時はどうなるかと思ったがこれにて一件落着だ。


 あ、アイテムボックスのこと忘れてた……。

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