マッチョメンVS.ドラゴン
初心者エリアなのにドラゴン襲来
クラスメイトたちのレベリングの遠い喧騒聞きながら、俺は石舟先生の隣でひたすら筋トレに励む。
「いちまんにひゃくじゅういち、いちまんにひゃくじゅうに、いちまんにひゃくじゅうさん……」
逆立ち腕立て伏せは素晴らしい。全身が鍛えられる。腕、胸、背筋だけでなくあちこちの体幹とバランス感覚が養うことができる。懸垂と並び、自重トレの最高峰と言っていいだろう。暇と筋力があればこいつに励むのをおすすめする。できるようになったら君もマッチョの仲間入りだ。
「す、すごいですねぇ、能見くん……」
隣で石舟先生が感嘆の声を上げた。筋トレしながら首だけ動かしてみてみると、先生の顔がヒクついていた。俺の筋トレにちょっと引いてるようだ。
「あの、見学中に筋トレってダメですか?」
一応、聞いてみた。
「あぁ、いえいえ、全然良いですよ~。ダメとかそんなんじゃなくて、凄すぎてびっくりしちゃったといいますか……」
「凄すぎて? 何がですか?」
俺はただ普通に筋トレしてるだけだ。別に凄いことなんて何も無いと思う。
「何がって、その筋トレですよぅ! 普通できませんよ、そんなハードな筋トレを一万回以上なんて……」
「え、先生はできないんですか?」
「逆立ち腕立て伏せなんて一回だってできるわけないですよっ! むしろ能見くんはなんでできるんですか!? 能見くんってそんな子でしたっけ!? 疲れ知らずの無尽蔵パワーの原子力内蔵人間なんですか!?」
「ちょっと言ってる意味がわかんないです」
でも、冷静に先生の言うことを考え、自分のことを見つめてみると、たしかに変かもしれない。
石舟先生の言う通り、筋トレをしているのにもかかわらず俺はほとんど疲れていなかった。汗は滴ってるし、筋肉に負荷をかけるたびに苦しくはあるけど、筋トレがつづけられなくなることはなかった。なんというか、心地よい疲労感がずーっと続く感じ。
そういや昔はこうじゃなかった。それこそ『ブレイド・アウト・デッドライン』で筋トレに目醒める前の俺ときたら、ちょっと筋トレしただけでもヒーヒー言って、その日の夜は筋肉痛で苦しんでいた。
それが今じゃ先生の仰るとおり、ひたすら筋トレができる無限パワー人間になってしまっている。
うーん、やっぱりこれって普通じゃないよな。
ずっと筋トレできちゃうなんて、やっぱりどこかおかしい。そう考えると急に怖くなってきた。
疲労を司る脳の部分が壊れちゃったか?
いや、だとしても筋肉疲労を無視することはできないはずだ。筋肉が動き続けられるということは、筋肉自体のエネルギーが余っているに違いない。
なら負荷が足りないのか? いや、それもおかしい。負荷が足りないなら筋肉も付かないからこんなにムキムキマッチョマンにもなれないはずだ。
「能見くん? どうしたんですか、そんな不安そうな顔をして」
「いやぁー、だってやっぱりおかしいですよね。俺、先生に言われて初めて気がついたんですけど、たしかにこんなにたくさんずーっと筋トレできるって変ですよね? 昔はそれこそ筋トレなんて全然んできなくて、最近急にできるようになったんですよ。ヤバい病気患っちゃったんでしょうか? <魔力不能症>もあるのに、ダブルでなんて……」
不安な俺に、先生は優しい顔で微笑みかけてくれた。その笑顔だけで、俺の心に雨雲のように広がっていた不安が一気に晴れていくような気がした。
「能見くん、きっと大丈夫です。何も心配はいらないと思いますよ。これはもしもの話なのですけど、先生が思うにはひょっとしたら能見くんのステータスも――」
そのとき、突如耳を聾する爆音が響き渡り、石舟先生の言葉は遮られてしまった。
「な……な……!?」
俺は驚いて爆音へと目を向けた。そこには……、
「ど、ドラゴン……!?」
それは巨大な魔物だった。トカゲに似て非なる姿を持つそれはビルほどの巨躯を誇り、背中から生えた一対の翼によって大空を我が物顔で往く。赤銅色の鱗と後頭部から伸びた二本の角が陽光に鈍く輝き、開かれた口吻には鋭く尖った牙が見える。
どこからどう見てもそれは紛うことなき正真正銘のドラゴンだった。
なのに俺はそれを正しく認識できなかった。というより、受け入れられなかった。
なぜならここは廃ダンジョン、ドラゴンなんて凶悪にして危険な魔物がいるわけがない。
おかしい、そんなわけがない。ドラゴンはB級以上のモンスターだ。それがこんなところにいるはずがない。いていいわけがない。これはなにかの間違いだ。
俺が呆然としていると、ドラゴンの口中がカッと煌めき、火球を吐いた。火球は隕石のように音を立て、地上に堕ちた。爆音。焼かれる大地。
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