魔力がない? 筋肉があるじゃないか!
絶望してても、将来を悲観していても、憂鬱でどうしようもなく無気力でメンタルが終わっている今のこの最低最悪の状況でも、不思議なことに漫画とラノベとアニメとゲームはできる。
逆に言えば他のことはほとんど何もできない。
三大欲求のうち、睡眠以外の二つはさっぱりになってしまった。
何事もやる気がない。外出なんかするわけがない。もう正真正銘立派な引きこもりだ。引きこもりに『立派』がつくあたり、もう本当に終わってんだな、俺。ま、<魔力不能症>の時点で終わってるんだけどね。
両親は心配して俺に外出を促す。
曰く日光を浴びないと
もちろんただの比喩で、人間がもやしになるわけない。
が、たしかに今の生活は健康には良くない。日光を浴びないとメンタルにクると聞くし、ビタミンDも足りなくなるとか。ビタミンDが足りなくなるとどうなるのかは知らないけど。
でもそれがどーした。
日光浴びようが浴びまいが俺はマンポテンツ(嘲笑)
どうせどーしようもない不能者ですよ。
以前は(笑)だったのが(嘲笑)になって自虐的なあたり、やっぱり引きこもりはメンタルにクるようだ。ま、どーでもいーんだけどね。どうせマンポテンツ(嘲笑)なんだから。ははっ、イジケ虫……。今の俺にはお似合いさ。
ネガティブ思考が極まってきても、やっぱりゲームは止められない。
ゲームは俺の精神安定剤だ。ゲームをやってるときだけが、嫌なことを忘れられる。
良くないって?
現実逃避だって?
わかってるさそんなこと。でも大人がやる酒よりよっぽどマシだろ?
俺がゲームやっても迷惑かけてるわけじゃないだろ?
だからもう俺のことなんて放っといてくれ。頼むからさ……。
そんな自堕落で怠惰で終わってる引きこもり生活が始まって七日目、大事件が起こった。
ゲームに詰まってしまった。
俺が只今絶賛ドン詰まり中のゲーム『ブレード・アウト・デッドライン』はアクションRPGだ。
多分ゲームは終盤に差し掛かっていて、おそらくラスボスの手前のボスだと思うのだが、こいつがどうやっても倒せない。骸骨とゲジゲジが合体したようなデカくてキモい見た目にふさわしく、キモいほど理不尽な難敵だ。
もうこいつと五時間以上対峙している。
ネットの攻略方法を見ない主義の俺は意地でも自力で倒そうと思ったが、さすがに体力と気力の限界だった。こうなると逆にゲームでストレスが溜まって仕方がない。何十回目かの敗北のときにはさすがに温厚で評判の俺もブチギレかけた。
「こんなの倒せるわけねーだろ! なんでこっちの攻撃は効かないのに、敵の攻撃ばっかり効くんだよ! 理不尽過ぎんだよ!」
怒りの叫びが口を衝いて飛び出した。発作的にコントローラーを投げようとして、本当に直前でギリギリのところで理性が働き思いとどまった。
ふぅ……。さすがにゲームでキレるのはみっともない。落ち着け俺。深呼吸するんだ。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。
ふぅ、たかがゲームじゃないか。
息抜きのゲームでストレス溜めてどうするよ?
倒せないからってなにもキレることはない。それにこれはアクションRPGだ。唯一、絶対的に有効な攻略法があるじゃないか。まずはそれを試せ。
その前に、一度休んだほうが良いな。疲労はゲームの天敵だ。俺は自分に言い聞かせた。
自分で自分に言い聞かせた通り、俺は数時間休息を取った。その後でアクションRPGにおける唯一にして絶対的に有効な攻略法を実行した。
それは『レベル上げ』だ。
アクションゲームはプレイヤー自身の腕を上げなければクリアが難しいこともあるがRPGは違う。RPGは単純作業の積み重ねが重要、つまりいわゆる『
はっきり言ってしまえばほとんどのRPGはレベルさえ高ければなんとかなる。
それだけRPGにおけるレベルは大事かつ基本的な要素だ。逆に言えば初期レベルでクリアできるRPGはほぼ皆無だろう。
世の中には低レベルクリアを目指す猛者もいるが、自分はそこまでやり込む気はない。普通にプレイして普通にクリアできればそれで満足だ。
RPGの基本に立ち返って一時間ほどレベルを上げた後、ボスに再度挑戦した。
すると今度は簡単に倒せてしまった。本当にあっさりと拍子抜けするほど瞬殺だった。しかも<スキル>もアイテムもほとんど使うことがなかった。
レベルアップボーナスでステータス基本値が上がっただけなのに、それでひたすら物理通常攻撃でごり押すだけなのにいとも簡単に撃破してしまった。
「なんだ、レベルが足りなかっただけか……」
呟いた瞬間、ハッとなった。
ひょっとしてこれ、
魔力が無ければ物理でカバーすればいいんじゃね……!?
天啓だと思った。そうだ、物理でなんとかなるんだ! 『ブレイド・アウト・デッドライン』のボスは俺にそれを伝えたかったんだ!
俺はいつだって大事なことは漫画、ゲーム、ラノベ、ファンタジー作品から学んできた。
今回も大事なことを学ばせてもらった。どんな強敵でもレベル上げて物理でゴリ押せばどうにでもなる。
結局大事なのは<スキル>じゃない、もっと基本的なことなんだ。
そう、それはステータス。肉体の強度だ。
ゲームと現実は違うって? そりゃそうだ。
でも全くの別物だとも思わない。だって実際に現実にいるじゃん? 漫画とかゲームとかアニメ見て何か目指して立派になった人って少なくないだろ?
それって漫画とかゲームとかアニメに力があるってことじゃないかな? 俺はその力を信じてるんだ。
俺は<魔力不能症>だ。
マンポテンツ(笑)だ。
<スキル>だって使えない。
でも、それで全てを諦めたくない。
そんなことで物心付いたときからの夢<、ダンジョン冒険者>を諦めるのはまだ早い。
<スキル>が無いなら物理で殴ればいいじゃない!
そのためにはまずステータスアップのレベリングだ!
そうだ! 筋トレだ!
フィジカルをひたすら強化し<スキル>いらずの物理アタッカーを目指す!
さっきまで曇り空より淀んでいた心に一筋の希望の光が差してきた。
一筋という言葉にも筋肉の筋の字が入っているし!
全ては筋肉だ! 筋肉が全てを解決する! きっとそう! 絶対に間違いない!
そうと決まれば善は急げ、俺は貯金をはたいてネット通販で筋トレ用の道具とマシンを買い漁った。到着は三日後、今から楽しみでならない。すっごく面白かったアニメの二期を待つときよりワクワクドキドキしてる。
こうなったら筋トレ道具が来るのを待ってなんていられない。
一週間に渡る絶望のうつ状態からの反動なのか、今の俺は俺史上最強にハイテンションだ。
早速動画サイトの『ヨーツーベ』を開いて、片っ端からトレーニング動画を視聴する。
ふむふむ、なるほど、筋トレってこうやるのか……すぐに実践する。
動画のマッチョメンを眺めつつ、自分もいずれは動画のマッチョメンを……いや、それすら凌駕する<スキル>いらずの世界最強マッチョ冒険者になることを夢見て、俺はひたすら筋肉をいじめ抜く。脳裏には常にマッチョで最強の自分をイメージしつつ、鍛錬に溺れるがごとく邁進する。
そうだ、筋肉だ。筋肉さえあればいい。
魔力不能症? マンポテンツ(笑)? 笑いたきゃ笑え。蔑みたければ蔑め。憐れみたいなら憐れむがいい。そんなもんに負けて傷ついた昨日までの俺はもういない。今日からは新たな俺、未来のマッチョ勇者ダイナマイト琴也だ!
まだ身体はひょろひょろのちびすけだが、すでに気分と心意気はかのシュワルツェネガーも凌ぐマッチョメンのつもりだ。
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