筋肉つけ過ぎで両親に認識されなくなるやついる?
筋トレにハマって一週間が経った。朝起きて、リビングに降りたら、
「お前誰だー!?」
「あんた誰ー!?」
両親が揃って素っ頓狂な声を上げた。
うん、両親の言いたいことはわかる。俺だって洗面台の前に立ってびっくりしたんだから。
洗面台の鏡の前には昨日までの俺はどこにもいなかった。
そこに映っていたのは筋肉モリモリマッチョマンの変態……いや、変態じゃないはず。とにかくそこにはヒョロガリチビの姿はなく、シュワちゃん、いや、そんなレベルを遥かに凌駕する、まるでアニメのような筋肉の塊、あ、そうだ、幽遊白書の、戸愚呂弟だ! そんな感じの現実離れした凄まじいまでのウルトラスーパーデラックスマッチョマンになっていたのだ!
パジャマは肥大化した筋肉よってずたずたに引き裂かれボロ布と化し、端切れが辛うじてあちこちにひっかかっている。無事なのはグンゼのパンツだけだが、これももうピッチピチパッツパツギンギンギンで今にもはち切れんばかりだ。
筋トレの成果にしても出過ぎだ。
だってまだ一週間だよ?
マッチ棒みたいなヒョロガリチビが戸愚呂級の重戦車スタイルになるなんて考えられる?
身長だって目算四十センチくらい伸びてる。
成長期かな? 伸び盛り食べざかりだし、最近筋トレのせいかやたらとお腹が減ってめちゃくちゃに飲んで食べてたし……いやいや! だからってこの急成長具合はおかしい。
これじゃ成長というより変化、変化というより変態、変態というより突然変異。ポケモンでいうところの進化だ。
寝てるときに変なクスリでも打たれたとか?
遺伝子操作されたクモに噛まれたとか?
知らぬ間に改造手術くらった?
ありえない、そんなSFなこと、現実にあってたまるか。
おそるおそる体重計に乗ってみると、針がグイーンと簡単に振り切れた。
たしかこの体重計は百二十キロまで計測できたはず。
つーことは俺、体重も三倍以上になってるってことか……。
こんなのありえない! 非現実だ!
と現実逃避したくなるが、実際問題として一夜にしてゴリゴリのモリモリマッチョになってしまっているのだからどうしようもない。これが現実なのだから、受け入れる以外にほかないのだ。
それに……、
「うん、意外とイケてね……?」
キノコ食ったマリオばりの超変化で最初は戸惑ってしまったが、よく考えるまでもなくこの姿は俺の憧れたものそのものだった。
そうだ、俺はこうなりたくて日々筋トレに勤しんでいたんだ。見よ、この盛り上がった全身の筋肉を! 重機かビルかチョモランマを思わせるこの巌のごとき肉体を俺はついに手に入れた。喜びこそすれ、落ち込む理由はどこにもない。
鏡の前でポーズを取る。こう、こうで、こうきて、こうっ……!
うん、むきっむきっのきれっきれっだ。
「ふっ、ふふふふっ……!」
笑いが込み上げてくる。
笑えるほどマッチョだ。
俺は今、最高に輝いている……!
素敵で素晴らしくスーパーなマッチョをしばらく鏡の前で堪能した。
さて、イーブイが進化の石を使うよりハードで急激的かつポケモン的進化を遂げた俺を目の当たりにした両親が、こんな反応をするのは至極当然のことでまったく仕方のないことだろう。
「父さん、母さん、俺だよ俺! 琴也だよ!」
「お前みたいな筋肉だるまを産んだ覚えなんかないわ! 早くあっちいきなさいこのB級妖怪!」
「そうだ! 早く出ていけターミネーター! 息子はミスターオリンピアじゃないし、ジョン・コナーでもないぞ! もちろん妻はサラ・コナーじゃないし、私はカイル・リースでもない!」
抱き合い、震えながら叫ぶ両親。そうとう俺の姿が怖いらしい。それもそうか、家の中に得体のしれないマッチョが現れ、あまつさえ似ても似つかない息子を名乗れば、スカイネットからの刺客と勘違いしても仕方がないか。
「俺は琴也だよ! 証拠だってある! 父さんの名前は琴八、母さんの名前は久仁子、二人は大学時代に出会って大学を卒業と同時にハメを外してできちゃった結婚。互いの両親、俺の両方のじいちゃんばあちゃんの家から勘当を言い渡されたとき親父は『こっちから出てってやるよバカヤロー!』って吉田茂を彷彿とさせる暴言を吐いて駆け落ちしたけど、結局俺が生まれるとすぐに両家両親と和解、それからは親戚づきあいも円満で家庭内も順風満帆だったのはつい先日の話で、約二週間ほど前に俺の<魔力不能症>が発覚して家庭に暗い影が落ちたけど、俺が筋トレにハマることで段々ともとの安穏な家庭に戻りつつある能見家の一人息子は俺、能見琴也だよ!」
随分な長台詞を一気に捲し立てても、筋肉に鎧われた俺の肉体は一切の疲労どころか息切れさえも感じなかった。ビバ筋肉、よろしく最高の肉体。やはり筋肉は全てを解決できそうだ。俺は間違ってなかった。漫画もゲームもラノベも人生の役に立つんだよ、マジで。
「あ、あなた、本当に……」
「お、お前は本当に……」
「そう、あなたの息子、琴也だよ!」
「……スカイネットめ! 私の息子になり済ましてどうするつもりだ!?」
「まさか私の息子に成り代わるつもり!? 『盗まれた街』みたいに!?」
まーだ信じてくれない。わけのわからんことをのたまい続ける両親に、さすがの俺も辟易してきた。
いや、そりゃ俺だって信じがたかったけどさ、わずか一週間の筋トレでこんなことになるなんてフツーは思わないから理解できないのも当然かも知れないけど、だからといって『スカイネット』だの『盗まれた街』だのはちょっとSFの見すぎなんじゃないかしらん。
その後、警察まで呼ぶ大騒動に発展、病院でドピュッ(?)とわずか三秒の簡易即席DNA検査をして、ようやく俺が正真正銘の能見琴也だってわかってもらえた。
「あら、やっぱり琴也だったのね。そんなゴリゴリバッキバキのマッチョメンだからてっきり未来からの刺客だと思っちゃっわ。おほほ。裸じゃないとこで気づくべきだったわねぇ。スカイネットは裸で送り込んでくるものねぇ」
「うむ、こんなに大きく成長して……急成長にもほどがあるが、父さんは嬉しいぞ。子供が大きくたくましく育つことほど親が喜ぶことはないのだ。さぁ息子よ、ハグしてくれ。その大きな肉体で。か弱き父の過ちを水に流してくれ」
一応両親とは和解した。
けど、昨日まで顔つき合わせていたのにDNA検査をしないと息子とわかってもらえない俺の存在とは一体……。ちょっぴり傷つきかけたが、鋼の肉体を手に入れた俺はちょっとやそっとのことじゃ傷つかない。心は澄んだ水面くらい平穏だ。
筋トレや運動はメンタルに良いと聞いたことがあるが、早速そっちの効果も出ているらしい。今の俺は富岳のごとき肉体と同様にちょっとやそっとのことじゃ動揺することはないだろう。
ま、両親だけが悪いわけじゃない。非常識かつハルクのごときアメコミ的変身を遂げた俺にも多少の非はあるか。バイオ2のシェリーも化け物になった親父にビビって逃げてたし、ルークもフォースがあるくせにダースベイダーの正体に気づけなかった。
朝っぱらから一騒動あったせいで、俺は今日こそ行こうと思っていた学校に遅刻した。親父も会社に遅刻した。母親だけが何も問題なかった。
DNA検査が我が能見家の平穏を取り戻してくれたとき、時刻はすでに昼を過ぎていた。
遅刻も大遅刻だが、今からでも学校に行くのは決して遅くない。サボるよりは断然良いだろう。それに親から聞くところ、先生もクラスメイトも俺のことを心配してくれているらしい。
なんて優しい学校なんだろう、泣けてくるぜまったく。これ以上の心配は心苦しくもある。早く皆にこの素晴らしい肉体美を見せびらかしに行こう。
それに午後からの授業は<ダンジョン冒険研修>だ。
未来の冒険者を養成する、将来冒険者となるために絶対に必須の大事な授業だ。二週間の遅れを取り戻さなければならない。
俺は二週間ぶりに登校した。二週間前にはなかった、巨大かつ重厚な肉体を携えて。
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