第15話 恋する乙女のようで
次の日の朝、僕はいつも通り学校に向かう。
結局こはるへのメッセージに既読マークがつくことはなかった。もしかしたらもうこのアカウントは使っていないのかもしれない。
気になってスマホを眺めながら歩いていたら、突然背中をばんと叩かれていた。
振り返ると学が僕のすぐ後ろに立っていた。
「よう。たける。おはよう。歩きスマホはあぶないぞ」
「ああ。おはよう。まぁ、そうだよな」
僕はスマホを鞄にしまって、それからため息を漏らす。
なんだか昨日からずっとスマホを見続けていたような気がする。
「しかし、お前がスマホをみているなんて珍しいな。ふだんはぜんぜんSNSも何もやらないのに、何か気になる動画でも見ていたのか?」
学にそう言われるくらい、僕は確かにふだんはスマホをみる事はない。SNSもやらないし、動画を見る事も殆どない。ライムだってほとんど家族、それもほぼ妹との連絡用だ。
いちおう学とはライムのアカウント交換はしているのだが、僕もメッセージを送ることもなければ学から送られてくることもない。
「いやちょっとライムでメッセージを送ったんだけど、返事がこないかと気になってさ」
「珍しいな。たけるがライムのやりとりをしているなんて。まさか前世の記憶でも思い出したのか」
学の言葉に胸がどきりと鼓動を打った。
前世の記憶ではないけれど、何か僕の知らないところで何かが起きている。そういう意味では当たっているとも言える。
僕はやっぱり何か記憶を忘れてしまっているのだろうか。
こはると話せれば何か解決するかもしれない。こはるは二組だといっていたから、直接いってみれば会えるだろうか。
つい考え込んでしまった僕を学が訝しげに見ていた。
「重傷だな。まるで恋する乙女のようだぞ」
学の言葉に確かにそうかもしれないとは思う。だけど僕が知りたいと思うのは、恋心ではない。自分の身に起きた何かを知りたい。何も知らないはずのこはるが僕のことを知っている。あまつさえ恋人同士だったかのような記録がある。
でも僕はそれを知らない。記憶にない。
だからただ知りたい。真実を知りたい。僕の記憶にない彼女のことを知りたい。強くそう思う。
「そうかもしれないな」
軽口を叩くと、すぐにまた学校に向けて歩き始める。
そのだいぶん先にこはるの姿が見えた。
「こはる……!?」
思わず名前を呼んでしまう。
だけどその声は届かなかったのか、すぐに校門の中へと姿を消してしまっていた。
僕は慌てて彼女を追いかける。しかし僕が学校につく頃には、すでにその姿は見えなくなってしまっていた。もう教室に行ってしまったのかもしれない。
すぐに慌てて学がやってきていた。
「おいおい。どうしたんだよ、急に。前世で将来を約束した彼女の姿でも見えたのか?」
今はそんな学の物言いに言葉を返すことも出来なかった。
ただ胸がばくばくと揺れていることだけを感じていた。
この気持ちは何なのだろうか。彼女に会いたい。会って話をしてみたい。
だけど反面でどこかに恐れすら覚えていた。
彼女は僕の知らない何かを知っている。だけど。
それを知ってしまったとき、僕は何かを失ってしまう。明確な理由はないのだけど、なぜだかそう思えた。
知るべきなのか、知らずにいるべきなのか。
こはるはきっと教室にいるだろう。だから話をしたいなら、すぐに二組の教室に向かえばいい。まだホームルームが始まるまでには時間がある。今なら少しは会話することもできるだろう。
だけどどこか踏み切れずにいた。
少ししたら授業が始まるから、あまり話をする時間がとれないということもある。
でもライムのメッセージには何も返信がなかった。だからもしかしたらこのこはるとは別人なのかもしれないという想いも捨て切れていない。
もしそうだとすると、突然こんなこと言われたら変な人だと思われるかもしれない。
せっかく知り合ったのに、出来ればそれは避けたいとは思う。
でもどこか僕の中で何か得もしれぬものがうごめいているような気がして、言葉にすることにためらいを覚えた。
僕の中で何かが起きている。それは僕が知らないところで、でも確かに何かがある。
僕はそれを知りたい。
だけどそれは僕の中だけで起きていることに過ぎないのかもしれない。
こはるは全くの無関係かもしれない。このライムのメッセージだって、以前の僕が一人でやっていたことかもしれない。
疑いだしてしまうと何もかもが怪しく思えた。
こはると話をするとしても、もっとゆっくり時間を作って話したいと思う。
どこかで話をすることは出来るだろうか。
僕は二組には向かわず、自分の教室へと向かっていた。
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