第14話 知らない会話
またね、か。確かにまた会えたらいいなとは思う。
同時に僕のスマホが音を立てる。この音はライムだろう。
何かと思ってみると妹のかなみのようだった。『まだ外? だったらついでに帰りにアイス買ってきて』とのこと。まぁそれくらいは自分で買いに行けと思わなくもないけど、なんだかんだで僕はかなみに甘い。わかったとだけ返事をする。
そういえば普段あまり使わないから考えもしなかったけれど、ライムのアカウントくらい交換しておくべきだったかもしれない。学のアカウントや両親のアカウントとも友達登録してあるけど、実際に送ってくるのはほぼかなみ専用アプリになってるもんな、これ。
そう思って珍しくライムのアカウントの一覧を眺めていた。
登録数の少ないアカウントの中に、僕の記憶していないアカウントがあった。
こはる。
いつの間にか彼女の名前がそこにあった。
え、どうして。喫茶店で話しただけでアカウント交換なんてしていないのに。彼女のことだって、からまれているのをきっかけで知っただけなのに、なぜ彼女のアカウントとつながっているんだ。
それも新規の様子ではない。なにやら会話の履歴がある。
驚いて僕はこはるとの会話履歴を追いかけていた。
そこで交わされていた会話の内容にまったく覚えがなくて愕然とする。
初めはぎこちなく話し始めていた。それはとても僕らしい会話だったと思う。女の子慣れしていないから、何をどう送ればいいか迷っているようだった。ただその中で僕は彼女の相談に乗っていたようで、彼女のことを案じているようだった。
最初は何かに対するお礼からだった。文面からみると僕は彼女を助けたらしい。
その後はその事件のあとから、お母さんと少し会話しづらいようなことが書かれていた。 やがて少しずつ二人の会話は明るく楽しく、そして甘いものに変わっていっていた。
だけどその会話自体には全く覚えがない。だから僕はむしろ背中に冷たいものを覚えていた。
これは本当に僕が交わした会話なのか。この『こはる』とは本当に今出会った彼女のことなのか。
わからない。わからなかった。記憶にない。会話した覚えもない。
どうして僕は彼女とライムを交換しているんだ。
知らない。何も覚えていない。
何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、体の震えが止まらなかった。
読んでいくと次第に彼女とのやりとりの距離が近くなってきているのがわかる。
『ボクはたけるくんが大好きだよ。これからもずっと一緒にいてね』
こはるからのそのメッセージを最後に僕との会話は途切れていた。
どうみてもこのやりとりは彼氏彼女の距離感だ。そうでもなければこんなこと言わないだろう。
だけど僕には彼女の記憶はない。こはるも僕とつきあっていたかのようなことは何も言わなかった。
何が起きているのかわからなかった。
怖い。何なんだこれは。これは何が起きているんだ。
確かに可愛い女の子だとは思った。でも今日知り合ったばかりのはずだ。確かに出会ったばかりにしては少し距離の詰め方が早いなとは思ったものの、でもそういう子だと言われれば納得出来るレベルのものだ。以前から僕と知り合いだったかのような雰囲気は出していなかった。
いやそういえば『ボクのことを覚えていないの』と聴いていた。覚えていないと答えたあと、そのことについては触れてこなかった。僕も何となく触れづらくてあえて話さなかった。
でももしも僕と彼女が恋人同士だったのであれば、距離はかなり遠く感じられた。
そんな空気はみじんも発していなかった。
もしかして僕はこはるのことを忘れてしまっている。いや、そんなことあるはずがない。それだったらこはるの態度は変だ。もっと驚いたり、悲しんだりしてもいいはずだ。
こはるも僕のことを忘れてしまっているとしたら。いやそんなことあり得るだろうか。
やっぱりこはるの態度はせいぜい何かの知り合いだったけど、僕だけがあまり覚えていないくらいの感じだ。恋人が自分のことを忘れているとして、あんな様子でいられるだろうか。いや、そんな悲しいことはあり得ないだろう。
だけど確かにそこにある自分が知らない会話の記録に、ただ恐れだけが僕の中に満ちだしていた。
『今日は何していたの?』
『特に何も。強いて言うなら病院いってきたかな』
『そっか。今日はたける君と会えなかったから寂しいよ。はやく会いたい』
『いや昼間、学校で会ったじゃないか』
『それはそれ。これはこれだよ。学校の外でも会いたいの。だってずっと一緒にいたいもん』
『こはるが用があるっていって帰っていったんじゃないか』
『だって用事があったのだもの。しょうがないじゃん、ボクだって用事がある時もあるよ』
しばらく読んだライムのやりとり。内容自体には特別なことは何もない。
だけどこんなやりとりはやっぱり恋人同士でもなければあり得ないだろう。
こはるは容姿とはうらはらに一人称はボクと話していた。そしてライムでもボクで通しているようだった。そこはさっきのこはると一致する。それだけみれば、この会話の相手はやっぱりさっきのこはるである可能性は高い。
だけど僕には全く記憶がなかった。こはるとの関係についての記憶がない。
この会話は忘れてしまうような距離感ではなかった。
なんなんだ。これは。なんなんだ。僕の妄想が作り出したものなのか。僕は妄想で彼女を生み出していまっていたのか。さっきまでいたこはるも、実は僕の頭の中にしか存在しない彼女なのか。
ただ会話の最後の方をよく見ると、僕からの返信がなくて、こはるから一方的にメッセージを送るだけの形になっていた。
いくつか日付をまたいだメッセージが数点。だけど僕はそれに返事を書いていなかった。
大好きだよ、ずっと一緒にいてね。何度か送ってきていたこはるのメッセージは、まるで別れを認められない恋人から送られてきたメッセージのようにも思えた。
客観的にメッセージだけをみると、僕はこはるとつきあっていて、そしてこはるのことを捨てたようにも見える。未練を残したこはるが、忘れられずに何回かメッセージを送ってきて、それでも返信がないから諦めた。そう見えた。
馬鹿なのか、僕は。おかしくなってしまったのか。ありえない。ありえないだろ。
何が起きているのか、僕にはわからなかった。
こはるならわかるのだろうか。
こはるは何か知っているのだろうか。
そもそもこの会話の相手は、本当に今あったこはるなのだろうか。
わからない。わからなかった。わからなくて、ただ何か得体の知れないものに襲われているかのような感覚に僕の頭は混乱しきっていた。
確かめてみなければならない。
この『こはる』にメッセージを送ってみなければいけない。
なんて送ればいい。わからない。僕の頭はまともに働いていなかった。
それでも僕は震える手を押さえながら、ライムにメッセージを送っていた。
『君は誰?』
だけどそのメッセージに既読の印がつくことは無かった。
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