第13話 助けたお礼
僕が特に意識もせずに廊下から裏庭の方をみたとき、女の子達が別の女の子を囲んでいる姿が見えた。
普段であれば気にもとめなかったかもしれない。だけど何となく不穏な空気を覚えて、僕は思わず駆け寄っていた。
覗いてみたらどうやら囲まれていた女の子がいじめられているようだった。
そのまま助けに入ることも考えたけれど、こちらは一人で相手は三人だ。それに相手は女子だから下手すると面倒なことになりかねない。そこでわざと大きく足音を立てて先生を呼ぶふりをしてみた。
幸いうまくいって、いじめていた女の子達は逃げていったようだ。
囲まれていた子は知らない女の子だった。
かなり可愛い女の子だとは思ったのだけど、でも知らない子だ。なのにその子は僕の名前を呼んでいた。
こんな可愛い子と知り合いになっていれば忘れないとは思うのだけど、だけど僕は全く覚えがない。でも名字ではなく名前を呼んだということは、ある程度親しい仲だったんじゃないかと思う。
もしかしたらたとえば保育園のころの友達だっただろうか。
保育園の頃の友達は校区が違っていて、小中学校では別の学校にいった子もいる。そういう相手だったのなら、もしかしたら覚えていない子もいたかもしれない。
リボンの色からすれば僕と同じ学年だと思う。
でももし知り合いだったのなら、もっと早く声をかけてくれていたらいいのに、とは思うけれど、まぁそんな昔の学友だったのなら声はかけづらいかもしれない。実際僕は覚えていなかったから、声をかけられたとしても誰だと不審に思っていたかもしれない。
そのあと彼女は助けてくれたお礼ということで、いまは二人で喫茶店にきていた。
お礼なんていらないよといったのだけれど、どうしてもといって押しきられた形だ。
まぁ正直こんな可愛い子と二人でいられるのは嬉しいとは思うし、どうも彼女は僕のことを知っているみたいだから、話をするにはちょうど良かったかもしれない。
少しアンティークな雰囲気の喫茶店は、どことなく特別な感じがする。
確かキタミ亭という名前だったかな。初めてくるそこは、でもなぜかなつかしくすら感じさせる。
珈琲の香りに包まれていて、優しい感じがのするお店だと思う。
ちらほらとだけど他に学生のお客の姿も多い。こんな本格的な感じのする喫茶店のわりには値段が安いからかもしれない。
彼女はパフェを頼んでいたけれど、僕は珈琲だけを頼む。
おそらくこのお店はパフェが有名なのだろう。周りの学生もみんなパフェを頼んでいるみたいだ。
「今日は本当にありがとう。これはボクからのお礼」
彼女、坂上こはると名乗った女の子は深々と頭を下げる。
ただ名前を聞いてみても坂上こはるという名前に覚えはなかった。保育園の頃の友達なんてほとんど覚えていなかったけど、たぶん彼女はいなかったと思う。
ただ一人称がボクなのはちょっと驚いた。見た目はどこからどうみても清楚な美少女にしか見えなかったから、かなり意外に思った。
でもそんなところも可愛いなと思う。正直、棚からぼた餅というか。
こんな可愛い子と知り合いになれてしまったのは、ラッキーだとも思う。
いや別に下心あって助けた訳ではないんだけど、女の子にうとい僕が内心で浮かれてしまうのは仕方ないと思う。そうだよね。
まぁ誰に向けて言い訳しているのかわからなかったけれど。
「いやほんと大した事はしていないんだけど」
「ううん。ボクにとって、たけるくんは本当にヒーローだよ」
彼女はまるであこがれの人を見ているかのような目で僕を見つめていた。
たまたま現場に遭遇しただけで、そんな大したことはしていないというのに、そこまで言われてしまってはものすごくてれくさい。
「そこまで言うほどのことはしていないよ」
僕は恥ずかしさすら覚えて頬をかいた。
実際ほとんど何もしていないに等しいのだけれど、泣くほど怖がっていたようだから、彼女にとっては救いの神のように思えたのかもしれない。
「えーっと、こはるは二年生でいいんだよね。僕も二年。あんまりみかけた覚えがないけど、何組なの?」
照れくささのあまりに話をそらそうと思って彼女のことをたずねてみる。さっそく名前で呼んでいるのはこはると呼んでほしいと頼まれたからだ。そうでもなければ僕が女の子のことを名前で呼ぶなんてことはない。
我ながらチキンな性格だとは思う。でも可愛い女の子と名前で呼び合うなんて関係に憧れていたから、千載一遇のチャンスだとも思った。
こはるはにこやかな笑顔のまま僕に答える。
「うん、そう。二年生。二組だよ」
「そうなんだ。えっと、きいていいかわからないけど、あの絡んでいた子達は知り合い?」
「ううん。知らない子達。なんか急に呼び出されて」
こはるはまたあの時の事を思い出して恐くなったのか、うつむきながら話し始める。
知らない子から絡まれていたというのは意外だったけれど、彼女はかなり可愛いから変に目をつけられていたのかもしれない。
「まぁ、うん。たぶんだいたい理由の目星はついているんだけどね」
そう言いながら、彼女は事の顛末を話し始める。
「ある人の告白を断っちゃったんだけど、その人けっこう女の子に人気がある人で、たぶんそれで恨まれちゃったんだと思う」
こはるは困ったような顔をして、少しうつむいていた。
確かにこれだけの美少女であれば、そういうこともあるかもしれないとは思う。もてるのも大変なんだなとは思う。いろいろ考えなきゃいけないことも多いのかもしれない。
まぁ女の子には殆ど縁が無かった僕は考える必要がない事案だけど。
……我ながらむなしい。
「それは逆恨みなんじゃ」
「うーん。まぁ、断る時にちょっと言い過ぎちゃったから、ボクも悪かったところもあるとは思う」
こはるは自分にも悪かったところがあったとは思っているようだった。自分にひどいことをされかけていたと言うのに、相手のことも思えるなんていうのは優しい子なんだなとは思う。こんないい子と知り合えるのは、やっぱり幸運なのかな。まぁでもかなりもてる子みたいだから、僕のことなんて歯牙にもかけないかもしれないけど。
ただこはるも楽しく話しているようにも見えたから、もしかしたら僕にも少しチャンスがあったりしてなんて思う。
まぁもてない男の妄想です。あり得ないかもしれないけどさ。それくらい許してくれよと、心の中の誰かに向かって言い訳していた。
そのあとしばらくはとりとめのない話をしていた。
それなりに長い間話していたけれど、そろそろ日も暮れ始めていた。名残惜しいけれど、さすがにお店を後にすることにした。
「今日は本当にありがとう。ボクは本当に感謝しているよ」
お店を出て改めてこはるは頭を下げる。
律儀な子だなって心の中で思う。こんな子が彼女だったら最高なのにと思うものの、ありえないことに僕は少し自嘲の笑みを浮かべていた。
「じゃあまたね」
彼女は軽く手をふってから歩き始める。僕とは家の方向は違うみたいだ。
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