第2話 病気のこと
教室の自分の席につくと、僕はため息を漏らす。
さっきの子はいったい何だったのだろう。僕は彼女の事を知らない。何度考えてみても記憶の中にはない。やっぱり僕のストーカーだったのだろうか。
「お、たける。おはよ」
声に振り返ると、クラスメイトであり友人でもある
「ああ、おはよう」
「朝から女の子と登校だなんて、うらやましいぞ」
どうやら朝のこはると名乗った女子とのやりとりを見られていたらしい。
「いや、あれはそういうんじゃなくて」
「いいっていいって。そう。俺は知っているんだ。お前達二人が、めくるめく愛を育む最中だという事を。そうお前達二人が出会ったのは、あれはちょうど半年前の事だった」
言いながら勝手に変な設定を作り始める。
そう。学のやつは雰囲気はイケメンだ。でもその中身は大変残念なやつだった。
妄想癖が激しく、それを口にするのをためらう事もない。最初は顔目当てで近づいてきた女子も、話しているうちにこの言動について行けなくて去って行く。残念なイケメンだ。
「半年前はお前とまだ知り合っていなかったけどな」
「いや俺とお前はもう知り合っていたさ。そうあれは前世でのこと。アンドロメダ星雲で生まれた俺とお前が」
「この間はギリシャ時代っつてたぞ」
「それは前々々世の出来事なのだ」
こいつはこの言動がなければ、たぶん女の子にもてると思う。
でもその整った顔を台無しにするくらいバカなのだ。もっとも僕はそんな学が嫌いじゃなかった。むしろかなり仲は良い方だろう。二年生になってからの友人にもかかわらず、すでに親友といってもいいくらい波長が合った。
「まぁ、どっちでもいいけど、とにかくあの子とは別にそういう関係じゃないよ」
「ふむ。覚えていないのだな。二人は愛し合っていたというのに。まぁ、でもお前がそういうのなら、そういうことにしておこう」
学は残念そうに妄想を告げると、それから自席へと戻っていく。
「ま、二人仲良くやれよ」
それから俺に対して親指を立てて合図を送っていた。何が言いたいのかは全くわからない。
それにしても学に見られていただなんて全く気がつかなかった。もしかしたら他にも何人かに見られていたかもしれない。
余計な勘違いをされていなければいいけどと思うものの、もし勘違いされていたとしても別に恋人やら好きな子やらがいる訳でもない。実際大して困らないかもしれない。
可愛い子だったなとは思う。
女の子にしては珍しく自分の事をボクと言っていたけれど、さほどボーイッシュな感じはしなかった。むしろ長い髪のせいもあって、清楚なお嬢様風にすら見えた。ちょっと違和感のある話し方だったと思う。
どこか不思議な雰囲気がある女の子だったなと思い返す。
どうして僕なんかに話しかけてきたのかよくわからない。僕はこれといった取り柄があるわけでもないし、学と違ってイケメンという訳でもない。
強いて言うならばサッカーは得意だった。
ただもうそれも過去形になってしまう。
ある時、僕は試合中に突然気を失って倒れてしまった事があった。
そしていろいろな検査の結果として、ストレス性適応障害という事になっている。それはサッカーがトリガーになっているとのことだった。
あまり覚えていないのだけれど、サッカーをしている最中に僕は何度か気絶してしまったことがあるらしい。だから医者からは僕はサッカーをしてはいけないと言われている。
そのせいで僕は去年まで所属していたサッカー部もやめてしまっていて、サッカーをすることもできない。だからもはや僕には特に特徴というほどのこともない。
もしかして彼女は僕がサッカーをしていた当時を知っていて、そんな僕に興味を持ったのだろうか。それなら多少はあり得るかもしれない。
とはいえ僕は県代表に選ばれるような優秀な選手だったという訳でもない。チームでは一年からレギュラーをとってはいたが、そうはいってもユースや強豪校の選手には敵うような選手ではない。県立高校の部活の選手としては優秀ではあるものの、全体から見ればどこにでもいる選手に過ぎない。
やっぱりその程度の選手の僕に特別に興味を持つなんてことはあり得ないと思う。
もちろん人は勘違いする生き物だ。もしかしたら僕の事を誤解しているのかもしれないし、何か変な思い込みから僕の事をすごい人だとか思っている可能性もある。もしかしたら一年でレギュラーをとれるなんて、ものすごい人だと思ったのかもしれない。
もっともうちのサッカー部はそれほど人数が多い訳ではない。一年レギュラーはたしかに僕だけだったし、たぶん先輩達もふくめても僕が一番上手かったかもしれない。けれど、それは人数が少ない弱小部だったからだ。
でも勘違いしたということなら、ありうるかもしれない。運動が出来る人に惚れるというのはありそうな話だ。でも僕は病気のせいでサッカーも出来ない。だからこんどあったら誤解を解いておかないとな。
そう思いつつも、もう一度サッカーができるようになったらいい。そうしたら彼女の思いもうそにならないのに。どこかでそう思う気持ちを隠せずにいた。
出来るかどうかもわからない。でももう一度取り戻したい。このよくわからない病気を消してしまいたい。
僕がそう願うと同時に、始業のベルが鳴り響いた。
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