第15話 料理人
廊下を歩く暁に目的地などなかった。
出口を探そうにも、エルフと別れてから地下からの騒音が激しくなった。その上、一つ向こうの廊下ではいくつもの足音が聞こえてくる時もある。
このような場所で、魔族の大群に出くわしたくはない。
大きい音がする方を避けて歩いているうちに、どこに向かえばいいのかもわからなくなっていた。
迷子になっていた。
(さすがに土地勘もない、地図もない、来たこともない施設をふらつくのは悪手だな……)
そう思うも、すでにここがどこかもわからないので今更な話ではある。
暁はそれでも歩みを止めることなく進み続ける。
幸いここまで魔族と出くわしたことはない。当然だが人間とも出くわしてもおらず、そのため向かう先もわからないままということだ。
地下牢に行けばシモンがいるだろうが、今更行ったところで邪魔になるか、厄介な状況になっているかだろう。
当てもなく歩く暁は、やがて扉が並ぶ廊下に出た。
そのうちの一つは傍目から見ても豪華な装飾が施され、この施設で最も地位の高いものが使っている部屋だろうと推測できる。
暁は何の気なしにその扉を開ける。何か、この施設の地図や今の魔族・魔界を知るものがあれば、という軽い気持ちで、扉を押し開けた。
部屋の中はカーテンが閉められ、薄暗い。部屋を見渡すが明かりになるようなものはない。暁は杖を取り出し、素早く魔術式を書き上げると術式を叩く。すると、杖の先に小さな光が生まれた。
杖の先の光で辺りを見回しながら、暁は部屋の様子を探る。
両側の壁には棚が並び、正面には机がある。その机に向けて進み、机の上や引き出しを漁る。
特にこれといったものはなさそうだ。いくつか書面があるが、どれも有用なことは書いていない。
将軍の上の立場——おそらく魔王からの書状で、食糧の調達状況や施設の運営についての報告をしているようだ。
だが、どれももうすでに知っているような内容であったり、推察できる程度のものしか書かれていない。
(そりゃそうか。そんな大事な書類を、鍵もかけていないところに放置するわけないか)
ただ、暁としては収穫があった。
魔族の使う文字は、人間が使う文字とは違う。もちろん日本語でも英語でもないが、アウローラの記憶のおかげか魔族の文字を読むことができた。
そうなると人間の使う文字も気になるが、アウローラはその辺りの知識も持っているようなので、おそらく問題ないだろう。この世界の人間や魔族とも喋れているし、言葉が通じない、文字が読めないといったことはなさそうだ。
机の引き出しを漁り終わる。
暁は、次は、と両側に置かれた棚に目をやる。
何かを飾っているようだが、壁際に置かれているため、杖の小さい光では詳細がわからない。
音を立てないよう、そろりと歩く暁。
やがて棚に近づき、飾られているものに光を当てる。
「——うぇッ!」
思わず、苦い声が漏れた。
ガラスの容器が何かの溶液で満たし漬けられ、飾られたそれらは——生首だった。
暁は咄嗟に目を逸らし、胃から込み上げてくるものを必死に嚥下する。声が漏れないように腕を口に当て、必死に押さえ込む。
数秒ほど耐えた後、ようやく落ち着いてきた暁は、もう一度その棚に視線を戻す。
生首を見るのは嫌だが、それでも気になったことがある。
飾られた生首は、人間のものだけではなかったのだ。
ヒューマンやドワーフといった人間と、オークやリザードマンなどの魔族の生首が、法則性もなく並べられている。
そして、どの生首の頭にも、直径5センチ程度の穴が空いていた。
「——こいつ」
暁は、並べられた生首の一つに見覚えのあるものを見つけた。
ヘンリの村に滞在していた時に出会った冒険者——アランの首も、飾られていた。その表情は悔しさを滲ませるように歯を食いしばったものだった。アランの頭にも、他の生首と同じように穴が空いている。
暁は不気味さと嫌悪感を抱きながらも、その穴が何のために開けられたのかを調べようとガラスの容器を手に取ろうとする。
その時、廊下から足音が響くのが聞こえ、暁は咄嗟に隠れる場所を探す。
机の下、はベタすぎる。というか、広くないこの部屋でそんな場所に隠れても無意味に等しい。
それに位置関係が最悪だ。出入りできそうな場所は暁が入ってきた扉のみ。カーテンの裏を見たわけではないが、ここまでの道中の窓には格子が嵌め込まれていたので、ここもそうだと見ておかしくはない。出入り口を塞がられるのはとてもまずい。
(その上、足音がゆっくりだ。この部屋を目指しているようだし……だとすれば、将軍の可能性が高い)
自室に戻ってきているのか、暁を探し当ててきているのか。
どちらにせよ、出入り口を塞がれていい相手ではないのは確実だ。
暁は棚の下に引き戸を見つけ、急いでその中に入る。
少し待つと、扉が開かれ、灯りが付けられる。
「おや……ここにいると思ったのですが」
声は、推察通りにティグリスのものだった。
「どこかに隠れているのですか」
ティグリスの問うような言葉には静寂が返る。暁はじっと息を潜めて待つ。
「怖がらずに出てきて下さい。あなたにいい提案をしにきました」
ここにいると確信しているのだろう、ティグリスは構わず話し始めた。
「あなたにはぜひやってもらいたいことがあります。その成果次第では、ベルゼブブ様への食事ではなく、料理人として迎え入れる口添えをしてあげます。いい話でしょう? 死なないで済む可能性が格段に上がります。知らないと思いますが、私はベルゼブブ様からの信頼が厚く、意外と言うことを聞いていただけるんですよ」
ティグリスの言動に、嘘はなさそうだ。が、だからといって頷ける内容かと言われると否だ。
暁は返事をせず、ただティグリスが去るのを待つ。
「あなたには料理人の才能があるんですよ。ちょうど班長のキールも死んだようですし、人員補充のためにも、協力をしていただけませんか?」
料理人、ということを何度も強調してくるティグリス。
だが、暁にその自覚は一切ない。今までの行動の何をもって、そんな判断をしたのか疑問だ。
「……もしかして立ち位置を気にしていますか? わかりました。椅子に座りますので、良いタイミングで出てきてください」
ティグリスはそう言うと、わざわざ音を立てるようにして椅子を引き、座った。
暁は気配を探り、ティグリスが確かに部屋の奥、机の方にいることを確認する。
はぁ、と一息吐き、暁は引き戸を蹴り開け、臨戦体勢のまま飛び出した。
「探す手間が省けて嬉しいですよ」
「あんなとこに隠れてても、見つかった時が劣勢すぎるからな」
「それで、私の提案には——」
「断る」
「……そうですか。そう言うだろうなとは思っていました」˜
ティグリスは、本当に残念そうな表情を浮かべる。本気で暁を仲間にしたかったようだ。その考えに、暁は不気味さも覚える。
「……ところで、お前は何で生首を持ってんだよ」
「ああ、これですか?」
暁がいっているのは、棚に飾られたものたちではない。
ティグリスが机の上に置いている、オーガストの首だ。そして、その頭にはストローのようなものが突き立てられている。
「私、偏食家と言われておりまして。特に『脳みそ』には目がないんです。なので、このようにして脳みそだけを啜っています」
言いながら、オーガストの頭に突き立てたストローを加え、中身を吸い上げるティグリス。
気持ち悪い、と引いた表情をする暁。対照的に、ティグリスは恍惚とした表情を浮かべている。
「脳みそは死に際の感情で味が変わるのですが、感情は人間の方が豊かなようでして。魔族の脳みそはあまり美味しいものはなかったのです」
「……そうは見えねぇけど」
「はい。だから、あなたには料理人の才能があると、いっているのです」
「なるほどね……」
つまり、そのままでは不味い魔族の脳みそだが、暁が殺したオーガストの脳みそはとても美味しかった。なので、ティグリスが美味しいという感情を与えて殺す暁は、魔族——ティグリスにとっては有能な料理人だ、と言いたいのだろう。
「ベルゼブブ様もこの味を知れば、あなたを料理人として迎え入れてくださる——そう思ったのですが。断られてしまいましたね」
「そりゃ、こんな気色悪い部屋を作ってるやつと一緒になんていたくないよ。何で……食べかすを飾ってんだ」
「この首たちですか? こっちの棚は美味しかった首、逆は不味かった首です」
不味かった方、にアランの首は飾られている。
そういう観点で見た時、美味しかった方には人間の首が多いように感じる。だが、なぜアランの首は、不味い方に入っているのか。
あまり考えたくない、というように暁は頭を振って思考を止める。
「どうやったら魔族を美味しいまま殺せるのか知りたいのですが」
「知るかよ、そんなこと」
「仕方ありません。死なない程度に、動けなくしなくては」
ティグリスはゆっくりと立ち上がる。
暁はティグリスが完全に立ち上がる前に、脱兎のごとく部屋から逃げ出す。
「おやおや。逃げ場なんてどこにもないのに」
特に急ぐこともなく立ち上がったティグリスは、暁をすぐには追おうとはせず、棚に向かう。
オーガストの頭から最後の一吸いをすると、棚から溶液のみが入った空きのガラス瓶を取り出し、その中にオーガストの首を漬ける。
美味しかった首、を飾った棚に大事そうに飾ると「さて」と声を零す。
「片付けますか」
地下の騒動、人間の脱走、聖剣持ちの人間に食材の人間。
魔族の施設で、少し騒ぎすぎだ。
ティグリスの顔から、笑みが消える。
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