第16話 万事と万策

 施設を駆ける暁。行き先は、未だない。

 だが、ティグリスがいると言うことは、地下、シモンがいる方は比較的安全なはずだ。ただの魔族の方が、ティグリスを相手にするよりよっぽど楽だろう。

 暁は来た道を逆走しながら、少しでもティグリスから距離を離そうとする。

 いくつかの角を曲がると、大きい洞穴の前を通り過ぎる。

 横目で確認したが、防壁がなくなっており、中のエルフもいなくなっていた。どうやら施設から出ていったらしい。


(いつでも出れる……というより、自分で張った防壁っぽかったしな)


 おそらく魔族から身を守るため——というよりは、自分がいる場所に侵入されないため、の方が近いかもしれない。

 そんなことを思いながら、走り続ける暁。

 この先を行けば、最初に目を覚ました地下牢に着くはずだ。

 そのまま走っていると、爆発や剣戟などの激しい戦闘音が聞こえ始めた。やがて青い炎が壁を作っているのが見えた。

 暁は走りながらも観察をし、青い炎の性質を見抜く。青い炎の壁を気にもせず、その炎に突っ込んで駆け抜ける。

 青い炎を抜けた先、そこでは魔術主体に立ち回る魔族と、苦戦を強いられているシモンがいた。


「——シモン!」


 暁がシモンに声をかける。

 シモンがこちらを振り向き、立ち位置を入れ替わるように後ろに下がる。

 暁は前に出ると同時に虚空からアロンダイトを掴み取り、魔族との距離があるのにフルスイングする。

 振り切られたアロンダイトの軌跡を追うようにして、魔力で作られた斬撃が魔族に向かって飛んでゆく。

 咄嗟に防御をする魔族だが、構えるのに遅れたものから両断されていく。


「アカツキ!」


 シモンから声が飛び、二人は再度立ち位置を変わる。

 暁の前には青い炎を超えた魔族が、シモンの前には切り傷を受けた魔族が、それぞれ立ち塞がっている。

 二人は背中合わせになりながら、魔族に向き合う。


「随分と苦戦してるみたいじゃん」

「流石にこんな狭い場所じゃね……ただ、聖剣持ちが増えたのなら勝率も上がるかな」

「あんま期待しないでほしいね。魔族との戦闘は初めてだ」

「本当に初めてでそんだけ度胸があるなら、十分戦力になるよ」


 肩で息をしながら、そう笑ってくるシモン。


「で、どういう状況? こいつら全部倒して解決、ってことじゃなさそうだけど」

「そうだな。捕まってた男たちは逃したんだけど、そっちにも追っ手をけし掛けられてる。こいつらに構ってる暇はない」

「了解。じゃ、杖返すから魔術で打開しよう。その間は俺が守る」


 暁はそういってシモンに、オーガストから拝借した杖を渡す。

 渡された杖が自作の粗悪品ではないことに驚きながらも、シモンは剣を下げて受け取った杖を構える。


「まさかこんな上等な杖になるとはね」

「そこまで上等じゃない。でかい魔法を使いすぎると折れるだろうな」

「普段は三級品でも、この状況じゃ一級品だ」


 そう返しながら、シモンは杖を走らせる。

 ティグリスの指示通りに引き気味に戦っていた魔族たちだったが、シモンが魔術式を書き始めたことに気づき、一気に攻勢を仕掛けてくる。

 それに対応し、暁はアロンダイトから魔力で斬撃を飛ばしながら距離を保つようにして戦う。

 斬撃を受け、一瞬倒れ込む魔族に足を取られ、後続が進行にもたつく。その間にさらに斬撃を飛ばし、近寄ったものは斬り伏せ、暁は応戦する。


「狭くて助かったな」

「ほんとにね」


 ついさっきまで狭いことで戦いにくいといっていたシモンだが、この状況に苦笑いを返す。

 そして手早く書き上げた術式を杖で叩きつけた。

 瞬間、床がせり上がり魔族との空間を分断する。迫り上がる床と天井で挟まれ潰された魔族もいれば、ぎりぎりで越えてきた魔族もいる。暁は越えてきた魔族が体勢を立て直す前に斬り伏せる。


「アカツキ、いくぞ」

「ああ。ちゃんと地図は頭にあるんだろうな?」

「当たり前だ。地図もなしに潜入なんてしないだろ」

「お前、潜入してたのか?」

「いってなかったっけか。ま、この先は俺に任せろ」

「よし、任せる」


 シモンが暁より先行し、施設内をかけていく。その足取りに迷いはない。

 暁はようやく脱け出せそうだ、と安堵の息を漏らした。



☆☆☆



 二人が出口に着く頃には、先に向かっていたはずの男たちが皆倒れ伏していた。

 彼らが向かった出口、そこには魔族とそれを率いるティグリスがいた。


「さすがに、そう簡単じゃないな」


 シモンが苦笑いを浮かべながら呟く。


「よくあの大群を倒して……と思いましたが、二人がかりであれば納得です。が、脱獄に情は枷ですよ」

「どっちみちお前を相手にしなきゃならねぇなら、一人より二人の方がましだろ」

「ふむ。一理ありますが、一人なら既に逃げられていた可能性があるのでは?」

「本当にそう思っているのか?」

「いいえ、全く」

「だろうな」


 薄く笑うティグリスの隙を探る暁だが、簡単には見つけられない。

 会話で注意を逸らそうとしても乗ってくれるわけがない。


「どうしようか、シモン」

「敵が前にいる、それだけだろ」

「違いない」


 暁は作戦を聞いたつもりだったが、シモンからは簡潔な状況説明が返ってきた。呆れながらも頷く暁は、隣のシモンが剣を構えるに合わて臨戦態勢に入る。


「倒れてる連中を防護できるか?」

「少し時間がかかるけど、できる」

「なら俺が前に出る。そのうちに防護を張ってくれ」

「わかった」


 シモンが頷いたのを聞き、暁は一気に前に出る。

 アロンダイトを二度、三度と振り、斬撃を飛ばす。前線にいる魔族がその斬撃を受け、血飛沫が舞う。


「——前に出なさい! 人間を盾に使え!」


 ティグリスが指示を飛ばし、それに呼応して魔族が暁へと襲いかかる。

 魔族が倒れている男たちをつかみ、盾にしようとする。だが、それよりも早くアロンダイトの斬撃が飛んでくる。魔族たちの首を狙い、飛来する斬撃は躱されやすい。なので暁は腕や脚などを狙う斬撃も混ぜ込む。

 不可視とまではいかないまでも、魔力感知が劣る魔族からアロンダイトの斬撃に斬られ、その進む足が一瞬止まる。


「——……なぜあなたは魔力を使っている?」


 ティグリスが、魔力のないはずの暁が魔剣の能力を使っていることの違和感に気づく。

 魔力を溜め込む能力を持っているのだろう、という推察はすぐにつく。

 だが、問題はそこではない。

 魔力を持たぬ人間が、魔力を少しでも扱っている——その事実が問題だ。魔力がないからこそ、魔界では味わえない食材だというのに。

 少しでも体に魔力が残ると、その価値が下がってしまう。

 ティグリスの顔から笑みが一気に消えていく。代わりに怒りの形相を浮かべる。


「お前たち、一刻も早くやつを捕えろ! 味が落ちる!!」


 ティグリスの怒号に近い掛け声に、魔族たちは肩を一度ビクつかせると地の底から響くような声を発しながら襲いかかる。

 先ほどまでアロンダイトの斬撃を受ければ少し足を止めていた魔族だったが、叫びを上げながらものともせず距離を詰めてくるようになった。

 暁はその攻勢に思わず苦い表情を浮かべ、後方のシモンの方へ視線を送る。


「シモン!」

「もうできる!」


 まだか、と問う前にシモンは答えた。魔族の攻勢を見て、危険を感じたのはシモンも同様だ。

 シモンが返した直後、倒れていた男たちに魔力の防壁が生まれるのが見える。それを確認すると、暁はシモンのいる位置まで大きく後退する。


「“脳吸い”将軍がブチギレたな……」

「あー……俺のせいか? すまん」

「どのみち魔力は使わないと突破は難しいだろ」


 そういってくれるシモンだが、向かい合う魔族もティグリスも先ほどと雰囲気がまるで違う。暁は捕らえなければならないはずだが、その目には殺気すら感じられる。


「多少の傷は構わん。闘気を使え」


 ティグリスが魔族に許可を下すと、揃った返事を返した魔族たちから薄赤いオーラが立ち上る。


「また難易度が上がったぞ……」

「ほんとすまねぇ……」


 シモンのぼやきに、暁は謝ることしかできない。


「……シモン、魔力残量は?」

「ほぼない」

「青い炎は?」

「あれは魔力に反応して燃える。防護壁を燃やすから使えない」

「だよな……」


 青い炎の性質の察しはついていたが、予想通りの返しだった。


「万事休す、って感じだな」

「ああ……でも、万策尽きたわけじゃあ、ない」


 苦笑いを浮かべたシモンだが、暁から返ってきた答えに思わず目を丸くする。


「あんのか?」

「ある。けど、めちゃくちゃ時間がかかる」

「勝率は?」

「五部には持っていける」

「乗るしかないな」


 今のままでは、勝率は良くて1,2割だろう。それを5割まで持っていけるのであれば上等だ。

 シモンはふっと息を吐き、気持ちを切り替える。


「俺は、どうすれば良い?」

「杖を返してくれ。そんで大体……3分だな。3分持ち堪えてくれ」

「そんなに魔術式が長いのか?」

「この世で最長の魔術式だ」

「……アカツキじゃなかったら蹴ってるところだ」

「期待には応えるよ」


 シモンは杖を取り出し、暁に投げ渡す。それを受け取った暁は、すぐに術式を書き始める。

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