第14話 情報
青い炎がキールの体を燃やしながらゆらめいている。
キールを斬り伏せたシモンは、小さく一息吐く。そうして気持ちを切り替えて周りを見回す。
「すぐに牢を壊す。地上へは俺が先導するけど、その先は面倒見れない可能性が高い。とにかく脱出を目指して走るんだ」
シモンは牢屋の男たちにそう言いながら、聖剣で次々と鉄格子を壊していく。
これだけキールと音を立てて戦ったのだ、地上へと続く出口に魔族が待ち構えていてもおかしくない。
将軍ティグリスがいたとしても不思議ではないし、乗り込んでくる可能性だって高い。
だからこそ、ゆっくり鍵で開けている暇はなく、盛大に音を立てながら鉄格子を破壊していく。
すべての牢屋を破壊したシモンは、そのまま地上へと続く階段を駆け上っていく。牢屋から出た男たちも、シモンの後を追って階段を上る。
「——『堅く』『閉じろ』」
階段上、地上へと続く扉の向こうからティグリスの声が聞こえた。同時に、扉に強固な魔術式がかかったことが見て取れた。
扉が開かないよう、また壊されないよう、外から魔術で固められてしまったのだろう。
シモンは舌打ちを鳴らしながらも、持っているデュランダルを構える。
そして青い炎を纏わせた一振りで、地上への扉を斬りつける。
扉に青い炎が燃え移り、魔術をも燃やしていく。その上で、シモンは扉を蹴り開けた。
地上へと出たシモンは、周りが魔族に囲われていることを確認した。
その先頭に、この施設の主たる将軍ティグリスがいる。
ティグリスは魔術で固めた扉を壊したシモンに、驚いた表情をむけていた。
「すごいですね、驚きました。まさか破壊されるとは」
「そっちの魔術も、大したことないってことだ」
「いえ——その魔剣の能力でしょう?」
ティグリスの問いに、シモンは答えない。
「青い炎が魔術式を焼いたのはわかりましたが、どういう理屈かまでがわかりませんでした。随分と良い能力を持っているようですね」
「
「ただの術式が組み込まれた剣ですよ? そんなに有難いものではありません」
シモンはティグリスを睨みながら、周囲を警戒する。
男たちを囲う魔族は動く気配がない。おそらくティグリスの指示を待っているのだろう。であれば、ティグリスが指示を出す前にこちらも退路を開かなければならない。
手薄なところは、と探すもさすがにそこまで甘くない。
シモンは剣を持つ右腕を水平にまで持ち上げ、鋒を魔族の壁に向ける。その動きに、鋒をむけられた魔族たちは身構える。
シモンの後ろにいる男たちは、鋒の向く方向へと顔を向け、そして一斉に走り出した。
「殺さず捕えなさい!」
男たちが向かった魔族に、ティグリスが指示を飛ばす。
魔族たちは武器を取らず、向かいくる人間に応戦しようとする。
だが、男たちが魔族とぶつかるよりも早く、シモンの持つ聖剣デュランダルの鋒から迸る青い炎が迫る。
青い炎に包まれた魔族たちが、叫び声を上げる。その中を男たちは物ともせず走り抜けていく。
その様子に、ティグリスは顎に手を当てて思案する表情を浮かべる。
(魔族は燃え、人間は燃えない……単純に考えれば燃やす対象を決められるのでしょうが……それはありえない)
ティグリスは、真っ先に思い浮かんだ答えをすぐに否定する。
聖剣と魔剣の違いは、呼び方だけだ。魔界で魔剣と呼ばれる武器が、人間界では聖剣と呼ばれているだけ。であれば、根本は同じだ。
ティグリスが発言したように、聖剣や魔剣はその武器自体に術式が組み込まれている。その術式に命令を与えるのであれば、同様に術式を書く必要がある。だが、目の前の人間は——シモンは、杖を持っていない。術式を書いていないのに、聖剣に命令を与えることは不可能だ。
(とすれば、別条件で燃やす対象が決められているのでしょうが……その条件を暴く必要がありますね)
その条件がわからない限り、あの青い炎に触れるのは危険すぎる。
「半分は逃げた人間を追いなさい。残りは——」
ティグリスがさらに指示を出そうとした時、シモンがデュランダルを横薙ぎに振る。
デュランダルの軌跡を追うように青い炎が広がっていき、魔族たちの進路を限定していく。
「……施設の地図は把握済みということですか」
「ある程度はな」
「そうですか。出口はバレてない。遠回りでいいので、半分は逃げた人間を追いなさい」
ティグリスの指示に、魔族の半数が返事をしてその場を後にしていく。シモンが舌打ちを返す。
「距離をとり、青い炎にはなるべく触らないように」
残った魔族にも指示を出しながら、ティグリスはシモンの様子を注意深く観察する。
魔族を焼く青い炎。それをなんの代償もなしに使えるわけがない。事実、シモンの息は荒くなっている。
おそらく魔力を消費しているのだろう。しかも、こちらに炎を放ってこないと言うことは、その消費も膨大なものだと推察できる。
「持久戦に。できるだけ退いて、魔術主体で戦いなさい」
「魔族にしちゃ弱腰じゃないか」
「あのような扇動に乗らないように。時間をかければ必ず勝てます」
冷静なティグリスの返しにシモンは苦い笑いを浮かべた。
ティグリスが合図を出すとともに、魔族たちは一斉に魔術式を書き始める。シモンはなんとか妨害をしようとするが、距離を取られ数で劣るのではどうしても無理がある。
放たれる魔術を回避に専念しながら、魔族たちの攻撃を凌ぐ。
その様子を眺めるティグリスは、やがて役目は終わりだというように踵を返し、その場を後にした。
☆☆☆
来た道を戻るティグリス。
施設にいる魔族は総動員し、シモンの相手と逃げ道の封鎖を行わせている。
自由に動いているのは、ティグリス一人だけだ。
人間の男たちは逃げるだけしかできないうえ、魔族に追われる。出口は封鎖しており、逃げる術などない。
シモンは魔族の大群を相手にしている。持久戦を指示しており、魔力量が多く数でも圧倒している魔族が負ける方が難しい。
ティグリスは上機嫌だ。その足取りも軽い。
「——上機嫌ですね」
エルフがいる洞穴の前を通る時、そんな声をかけられた。
ティグリスは足を止め、エルフの方へと体を向ける。
「あなたこそ。今日はよく喋りますね」
「もともとこんなものですよ、私は。今までは話す余裕がなかっただけです」
「そうですか。今は余裕ができたと?」
「はい」
「先ほどの人間のアドバイスで?」
「ええ。癪なことに」
「珍しい。エルフが、ヒューマンの助言を取り入れるとは。そこまで行き詰まっていたのですね」
「数年悩んでいたことでしたので、恥も外聞もなく、聞き入れてしまいましたね」
「ふふっ。その程度の魔力操作で、よく魔族より魔力適正が高いなどと宣えますね」
「私はそんなこと言うつもりはないんですが。エルフという括りで言うのであれば、そうですね」
「珍しい」
ティグリスは、本当に驚いたように感嘆の息を吐く。
「それほどまでに、あのヒューマンの言葉は正しかったと?」
「はい。なので、私にはあなたが上機嫌なのがとても不思議に思えまして」
「……なるほど」
「何か、いいことでもありましたか?」
そう聞いてくるエルフに、ティグリスは微笑みを返す。
「この施設に着任し、今日が一番騒々しい日です。が、それらが全て私の掌の上で起きている。そう思うと楽しくて」
「そうですか」
声を弾ませながら語るティグリスに、エルフは変わらずそっけない返事をする。
「そのうえ魔剣が新しく手に入る。とても喜ばしい」
「魔剣——聖剣ですか」
「ああ、こっちではそう呼んでいるらしいですね」
「はい。神代の加護が込められており、聖教会が管理していることからそう呼ばれます。大枠では聖具と呼ばれ、特に剣の形をした聖具を聖剣と呼びます」
「神代の加護ですか。ただの魔術式を、随分と持ち上げますね」
「ええ。人間ではまだ扱えない術式に加え、今では製法も失われていますから。今は作れないということについては、持ち上げるのもやむなしと思いませんか」
「思いませんね。そうやって理解できないものを持ち上げるから、作れなくなるんですよ」
「一理ありますね」
「下のヒューマンが持っている聖剣も、映像を記録していますのですぐに解析しますよ」
「ちなみに、どのような能力でしたか?」
「青い炎を振り撒いてくる」
「青い炎——ですか」
ティグリスの返答に、エルフはふむ、と息を吐いた。
「知っているのですか?」
「有名な聖剣です。デュランダルと呼ばれる、太古の勇者が魔族討伐に使ったとされる聖具です」
「ほう、魔族を……」
「魔界に乗り込み、当時の魔王を打ち破った聖なる武器、という触れ込みだったと記憶しています」
「詳しいんですね」
「はい。無駄に叩き込まれましたので」
「そうですか」
エルフの出自には興味がないのか、ティグリスも続きを聞こうとはしなかった。
「そうそう。私、そろそろ出て行こうかと思いまして」
「おや。それは残念です。ヒューマンの男は、エルフを見るだけで滾るようでしたのでちょうどよかったのに」
「当て馬みたいに使われるのも腹が立ちますが、食事は用意していただいていたので一応、伝えておこうかと」
「どうぞ。お好きな時にお好きなように出ておいきなさい」
「わかりました。では、そのようにします」
二人はさして互いに興味がないように、他人事のように会話をし、終える。
また歩き出したティグリスは、ふと暁を置いてきた部屋が気になった。
暁は、オーガストに別室へ連れていくように指示を出しているためいないはずだ。そのはずだが、なぜかふと気になった。
生殖部屋へと足を向け、進むティグリス。
そして部屋の扉を開け、その惨状に数秒静止する。
「……死んだのですか、オーガスト」
首を落とされ、声も返ってこない同族に、ティグリスは冷酷な笑い声をあげた。
「人間ごときに、あなたが? 面白い冗談だ」
オーガストの死体に近づくティグリス。
その近くには、傷が治ったクリスティーナも横たわっている。
「……傷が、治っている?」
ティグリスの魔術には、回復阻害の術式が組み込まれている。それは発動直後だけのものではなく、その術式が与えた傷に対しても有効だったはずだ。
それなのに、傷が治っていると言うことは、ティグリスの術式を上書きして治癒魔術を使ったということになる。
「……魔力がないはずなのに、どうやって」
そう考えようとしたが、ティグリスはすぐにやめる。
視線はクリスティーナからオーガストへ。その転がった首へと向けられる。
恐怖か、怒りか——オーガストが最後に暁へ向けた、歪んだ表情のまま転がる生首。
——ごくりっ。
ティグリスの喉が鳴る。
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