第13話 聖剣

 地下牢。

 暁が連れていかれたあと、シモンは機会を見計らっていた。

 今回選ばれた暁は、魔力を持たないゆえに魔族からすれば高級食材としての側面がある。そんな人物を、魔族が注目しないわけがない。

 だからこそ、脱獄をするなら今しかない。

 暁が壊れないように見張る魔族の数を増やすだろう。逃げ出さないように目を光らせる必要もある。それに将軍直々に出てきているのだから、護衛もついているはず。

 今、この施設の魔族は暁への注目をされているはずだ。


「——シモン様、本当に脱獄できるのですか?」


 シモンの斜め前の牢屋に入れられている男に、そう問いかけられる。

 問われたシモンは、当然だというように頷いてみせる。


「今を逃すと次がいつになるかわからない。それに、これ以上皆を見殺しにしたくない」


 そういって笑みを返すシモンに、男は両手を組んで祈るように「シモン様……」とこぼす。

 その声が伝播していき、牢屋のあちこちからシモンの名が囁かれる。


「ちょっと、嬉しいのはわかるけど流石に——」


 シモンが静かにするように注意をする前に、魔族の声が響く。


「今、シモンって名前が聞こえたぞ」


 魔族のキールが、地下牢の出入り口から入ってくる。


「もしかして、ここにシモンって名前の人間がいるのか?」


 ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながら、牢屋に入れられている人々を一人ずつ睨んでいく。

 順番に「お前か?」と問いかけていくが、牢屋の男たちは顔を逸らして震えている。

 そして、シモンの番になる。

 キールに睨まれ、しかしシモンはその目から顔を逸らすことはなく、睨み返すように見る。


「お前のようだな、シモンってのは」

「……それが?」

「いや何、魔族の中でも噂になっている名前なんだ、シモンってのは」


 キールに言われ、シモンは押し黙る。


「オレたちベルゼブブ様の軍は主に補給を担当しているわけだが……前線を担うサタン様の軍との交流は多い。その中で、たった一人で魔族の一個大隊と渡り合った人間がいたって情報があった。そいつの名がシモンだ」

「シモンってのは人間じゃそう珍しい名前じゃない。別人じゃないか?」

「へぇ。そうか」


 キールはシモンの牢屋から一歩下がり、シモンの全身をまじまじと観察する。


「……お前、ここに誰に連れてこられた?」

「誰に、って言われてもな。俺たち人間からしたら、魔族の区別なんざつかないね」

「オレや、一緒にいた魔族ではないと?」

「ああ」

「そうか」


 シモンの返答に満足気に何度か頷き、キールは不気味な笑みを浮かべながら言い返す。


「おかしな話だ。この施設に人間を連れてくるのは、オレたちだけなんだぜ。それ以外はここに忍び込んだりしてきたやつを、捕らえてんだ」

「……まじか」

「オレが知らないって時点で、お前はどさくさに紛れてとらわれたふりをしているしたたかな人間だよ」


 キールの発言に、観念したようにシモンは大きくため息を吐いた。


「出てこいよ。鍵、持ってんだろ?」

「くそっ」


 シモンは言われた通り、盗んだ鍵で牢屋を開けて外に出る。

 その様子をキールは驚いたような表情をみせる。


「……なんだよ」

「ほんとに盗んでたのか、って思ってよ」

「あ?」


 キールの返答に、シモンは思わず声が漏れた。

 まさか、と思った時にはすでに手遅れだ。

 咄嗟に別の牢屋の男に顔を向けると、その男が言いにくそうにしながらも答えてくれる。


「し、シモン様……私を連れてきた魔族はそいつではありません……」

「嵌めやがったな……ッ!」

「こんな綺麗にハマるとは思ってなくてよ。ああ、シモンの名を知っているのは本当だぜ?」

「てめえ……ッ」

「すっとぼけてりゃ、こそこそと逃げられたかもなぁ?」


 キールはそう言いながら、腰に差していた剣を引き抜く。


「持ってんだろ? 魔剣を——こっちじゃ聖剣っていうんだっけか」

「……どうだか」

「勿体ぶらずにだせよ。じゃなけりゃ——死ぬぞ」


 剣を振りかぶり、躊躇なく上段から振り下ろすキール。

 その攻撃を横に跳びながら回避する。先ほどまでシモンがいた床が、キールの叩きつけで捲れ上がる。


「さっさと覚悟決めろよ! じゃねえとここの連中、全員死ぬぞ」

「とんだ脱獄劇だ……ッ」


 回避した状態から体勢を立て直しながら、シモンは空間に手を突っ込む。そして引き抜くとその手には一本の剣が握られていた。


「いいねぇ、お前を殺して奪ってやる」

「魔族の木端にやられるようじゃ、前線から帰ってねえよ」

「木端か。言うじゃねえか」


 キールはくつくつと笑う。

 木端、といったものの、キールの先ほどの攻撃、またその態度や魔力量から、とても木端とはいえない実力を感じる。


「魔王ベルゼブブ軍所属第三師団食材管理・調達班長キールだ」

「……聖ヨハナ教会護衛騎士団特別戦闘員シモン・アルタミラン」


 二人が名乗りをあげ、同時に一歩を踏み込む。

 シモンの振る聖剣と、キールの薙ぐ剣がぶつかり、火花が散る。

 剣同士がぶつかると同時に二人は剣を引き、さらに打ち込む。その場から一歩も動かず、二人は剣戟を交わす。

 頭の上で、目の前で、足元で——二人の剣がぶつかるたび、火花が瞬く。息つく間もなく、二人の剣は激しくぶつかる。


「はっは! さすが騎士団員だ、そこらの冒険者とはわけが違うな!」


 嬉しそうに叫ぶキールだが、シモンはとにかく剣を振っていた。

 そのペースが少しずつあげられていく。シモンの剣を振る速度が、上がっていく。わずかにキールが押され始める。

 だが、キールの顔に一切の不安はない。それは魔族特有の再生能力があるからだ。

 暁を回収にヘンリの村に来た際、アランに落とされた腕が再生していることからも異常さを窺い知れる。


「こっちは魔力が薄いが、オレたちには関係がねえ。もともと持ってる魔力量が違うからな」


 キールの顔や体に、細かい傷が増えていく。だが、ものの数秒で傷が消えていく。


「ティグリス様が将軍なのは、その魔術式に回復阻害を組み込むことができるからだ。それさえなけりゃオレたち魔族は、オーガストでさえこの程度の傷は秒で治る」

「ご高説どうも。だけど、俺はそう言うやつを何人も斬ってきた——このデュランダルで」


 キールの上からの切り下ろしを、シモンは逆袈裟で弾く。そしてガラ空きになったキールの体を袈裟懸けに斬り下ろす。

 シモンの斬り下ろしの瞬間、キールは聖剣デュランダルが青い炎を纏うのを見る。

 危険を察知したキールはすぐさま半身になって回避しようとしたが、動きに遅れた右腕の肘から先を斬り落とされる。腕の切り口と、落とされた肘から先の右腕が青い炎に包まれる。

 腕の切り口の炎はすぐに消えるが、落ちた腕を包む炎は灰になるまで消えない。


「……どういうことだ?」


 キールが訝しむようにシモンを見る。シモンは不敵な笑みを返した。


「言っただろ、俺はお前みたいな魔族を何人も斬ってきた、って」

「…………」

「種族としての優位を見せびらかしたいんだろうけど、おあいにく様だな。斬りやすくてとても助かるよ」


 青い炎が消えた聖剣デュランダルを構え直しながら、シモンは前へ出る。


「お前を倒して、逃げさせてもらうよ」


 シモンの剣に、キールはなんとか対応しようとする。だが、利き腕を失い、左手で振る剣では到底追いつけない速度だ。

 形勢は見る間にシモンが押していく。

 シモンはキールの剣を下へ弾き落とし、その鋒を踏みつけ動きを封じる。


「じゃあな」

「くそ——」


 苦い表情を浮かべるキールを、青い炎を纏った聖剣が斬り伏せた。

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