第11話 同胞

「クリスティーナ、元気そうだな」


 暁はアウローラの記憶にある、魔族の名前を呼ぶ。

 クリスティーナ。アウローラの率いる魔王軍の古参メンバーの一人だ。オークのマザー種であり、身体能力も高い。


「……わたしの名前を知っているの?」

「ああ。なんでこんなところにいる? 旦那はどうした」

「旦那?」

「リカルドだよ。お前との結婚の証人に、俺——アウローラとティアマトがなっただろ」

「——リカルド?」


 魔族の——クリスティーナの動きが止まる。

 だが、それも一瞬のことだ。すぐに動き出し、暁に詰め寄ってくる。


「知らないわ。わたしはクリスティーナ。オークのマザー種。種を増やすためだけに存在するのよ。それなのに旦那だなんて」

「オーク族はもう十分繁栄している。お前と、リカルドの尽力のおかげだ。魔界も統一されている。お前は、もうマザー種に縛られる必要はないんだよ」

「そんなことないわ。だって、ここには全然オーク族がいないんだもの」

「それはここが人間界だからだ」

「だから何? この地にオーク族がいないのであれば、わたしはマザーとして種の繁栄を行わないと」


 話の通じない相手に、暁は頭をかく。

 だが、言葉は通じている。会話もできている。であれば、説得を通すための材料を会話から引き出すしかない。

 暁はその場に座り込む。


「今まではいきなり生殖してきたんだろ。じゃあ今回はちょっと趣向を変えて、まずは会話からしないか? お互いを知るために」

「いいわよ。わたし、対話も好きよ」

「助かるよ」


 クリスティーナも暁の前に座り込む。

 さて、と暁は整理を始める。

 何を聞き出し、何を伝えれば、説得が通るのか。そもそも何をもって説得をすれば良いのか。

 アウローラの記憶が先行しすぎており、クリスティーナにこれ以上の生殖を止めさせる、という考え以外が追いついていない。

 まずはそこを明らかにし、整理していく必要がある。


「クリスティーナ。お前はここに閉じ込められてどれくらい経つ?」

「どれくらいかしら。ベルゼブブ様に言われてついてきて、こっちにきたのは数年前ね」

「その魔王になんて言われたんだ?」

「オーク族が減っている地域があるから、そこで種を増やして欲しい、って」

「なるほどね」


 マザー種としての本能を刺激させ、利用しているようだ。

 同じ死線を抜けてきた仲間が利用されているのは良い気がしない話だ。


「最近の体調はどうだ? 出産で体力が削られるのは変わらないだろ。それを毎日3回? ペースとして異常だろ」

「マザー種ですもの。そのくらい、なんとも——ただ、前……アウローラ様がいてくれた時よりはしんどいかしら」

「……そうだろうな。ここは魔力が薄いだろ、前と比べて」

「ええ。ちょっとずつ濃くなっている気もするけど、元が薄すぎて……どうにも、回復が遅いわ」

「それを毎日3回も続けていれば、いつか死ぬぞ」

「わたしが死ぬってことは、オーク族が十分に繁栄したってことよ。とても良いことね」

「いや違う。そもそも、アウローラと魔界を統一した時だってオーク族の繁栄は叶ったはずだ。でもお前は死んでいない」

「——あら? 確かにそうね」


 クリスティーナは、小首を傾げて怪訝な表情を浮かべる。

 その様子から暁はクリスティーナにかけられた魔術式の推察をする。


(おそらく記憶と認識の改竄。精神、思考に影響を与える魔術は相当難易度の高いもののはず。それを使えるってことは、魔王に選ばれているやつらも手練れってことか)


 アウローラに匹敵する……とまではいかないだろうが、それでも魔王を名乗る程度には魔術にも精通しているのだろう。


「クリスティーナ。もう一度問う——リカルドはどうした?」

「リカルド……」


 今度は、リカルドの名を聞いて深く考え込むような表情を見せる。

 暁はそこに機会を見出す。記憶の齟齬と歪められた認識を同時についていけば、魔術式の効果を突破させることができるのではないか、と。

 アウローラの知識であれば、魔術によって解除するこもできそうだが、質の悪い魔法の杖一本しかない状況で、高度な術式をいきなり使うわけにもいかない。

 この後——今かもしれないが、シモンが脱獄を決行している可能性があるのだから、それに便乗するのなら杖は温存しておきたい。


「なぁクリスティーナ。お前はここにきて1年経つんだよな。その間、どれくらい生殖をさせられた? それから、オーク族が増えている実感はあるか?」

「……どれくらいかしら。1年ほど……でも、毎日産んでいるはずなのに、増えた実感は……ないわ」

「それはなんで?」

「なんで、って……言われても」

「マザー種は確かにどの種族であろうと繁殖は可能だが、魔族と人間じゃ魔力の量や適性が違いすぎる」

「人間といくら生殖をしても、オーク族は増えないの?」

「簡潔にいえば、そうなる」

「でも、わたしは産んでいるわ! かわいい我が子たちを! たとえ人間であろうと、わたしは——マザー種は種族の繁栄をになえるわ!」

「そうだ。マザー種ってのはそういう存在だ」


 耐えきれず、叫ぶクリスティーナに暁は淡々と返す。


「たとえどんな種族と生殖しようと、マザー種から生まれる子はすべてマザー種の種族である。なのに、種族が増えていないというのはおかしくないか?」

「——ええ、おかしいわ」

「クリスティーナ。お前——成長した我が子を見たことがあるのか?」

「あるわ! リルカ、ロマノ、ルートそれに——」

「それはリカルドとの子だ」

「そうよ、リカルドとの——りか、るど?」

「そう、リカルド。お前の旦那。伴侶。生涯の夫。お前は、俺とティアマトにそう誓ったはずだ」

「リカルド——リカルド!」


 クリスティーナはリカルドの名を何度も口から出し、確かめるように強弱を変えながら何度も発音する。

 やがて彼女の慟哭のような声は収まっていき、暁はさらに問いかけた。


「この1年で産んだ子とは、その後会ったのか?」

「……あって、ないわ」

「なんで?」

「……ティグリスに、あえないと……何度もいわれて」

「どうして、会えないんだろうな」

「どうして……そう、どうして会えないの……? 我が子なのに……」

「名前は、つけたのか?」

「もちろん! 名前は——っ!」


 クリスティーナは、その後が続かない。

 思い出すように頭を振り、叩き、それでも一切名前を口から出すことができない。やがて名前の代わりに嗚咽を漏らし涙を流すようになり、暁はその背をさすりながら諭す。


「……クリスティーナ。魔界に帰るんだ。そんで我が子に——リルカ、ロマノ、ルート、ラルフ、レンジュ、ドッジたち——リカルドとの子たちに会って、一緒に暮らせ。それがお前にとっての幸せだ。マザー種としての幸せじゃない、クリスティーナ、お前の幸せになるはずだ」

「……ええ。ええ、そうね。そうだわ。わたしは、あの子達に会わなきゃ」


 涙の浮かんだ目で、クリスティーナは暁を見返してくる。


「ありがとう。あなたのおかげで大事なリカルドを思い出せたわ」

「感謝しないでくれ。リカルドとの子はいても——リカルドは、いないんだから」

「……ふふっ。あなたと話していると、アウローラ様と話している気分になるわ。もしかして、アウローラ様の生まれ変わり?」

「そうかもな。お前がこんなところで利用されているって知ったら、アウローラならこんな施設ぶっ壊していただろうな。今の俺にはできないけど」

「本当に生まれ変わりなら、ぜひ魔界に来てね。皆で歓迎するわ——」


 にっこりと笑いかけてくるクリスティーナ。

 だが、暁が返事を返す前に、その体に無数の切り傷が刻まれる。

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