第9話 順番
「——で、ちゃんと鍵は盗れたのか?」
ティグリスを見送った暁は、シモンにそう問いかけた。
暁が盗もうとした鍵、だがシモンによって妨害された。その直後にティグリスが登場したのだ。見方によってはシモンに助けられた、と捉えても不思議はない。
ティグリスは、明らかにオーガストよりも警戒心は高く抜け目がない。が、流石に警戒を向けていない相手の異変までは気づけないようだった。
暁の問いかけに、シモンは驚いたように口笛を吹いた。
「すごいな。気づいてたのか」
「元はお前の発案だろ。鍵盗れてないと計画が進まない。なら、お前が何とかしているだろうって思っただけ」
「なるほど。ほら、この通り」
シモンは指に牢屋の鍵を引っ掛けて見せびらかしてくる。
それを見て、嘆息しながら暁はもう一つ問いかける。
「お前に感謝した方がいいか?」
「お互い様だろ。お前が盗もうとしなきゃあの魔族は憤慨しなかっただろうし、俺が助けてなけりゃ鍵は手に入らなかった」
「なら、そういうことにしておこう」
シモンの提案に暁は頷いた。
「で、脱獄のタイミングだが……お前の生贄の時間に行おうと思う」
シモンは、できるだけ真剣な声音で決行のタイミングを伝える。
何せ暁に手伝わせておいて、暁が最も逃げられない可能性が高いタイミングなのだから。
生贄のタイミング、暁が魔族と生殖をさせられている間に、シモンは脱獄するというのだから、暁は残される可能性が高い。魔族たちの注目が、ティグリスの注目が最も暁に向いているのだから。
シモンはどんな罵詈雑言を言われるだろうか、と思いながら、しかしタイミングは正直に伝えることが暁への誠意だと思った。
最も脱獄しやすいタイミングは、魔族の注意が最も自分から離れる時だ。
シモンは真剣な表情で暁を見ていた。
暁は、シモンの言葉を聞いて、特に間を開けることもなく答える。
「いいんじゃないか」
「……いいのか?」
想像していた反応と違い、シモンは意外そうな顔をする。
暁は髪をかき上げながら、言葉を補足する。
「もともとお前の計画だろ。お前がやりやすいようにやるのが、成功率が上がる気がする。まぁ、ついでにここにいる連中も連れて行ってくれりゃ文句はねえよ」
「お前はどうするんだ」
「何とかするよ。それこそ、殺されるわけじゃない。高級食材だからな」
「相手は魔族だぞ。いつ気が変わるかわからない」
「その時はその時だ。それに俺が大人しく食われるようなやつだと思うか?」
「いいや。食っても腹下しそうだ」
「憐れんでくれるなら——杖をくれると助かる」
「……気づいてたか」
暁の要求に、苦笑いを浮かべながらシモンはポケットから杖を取り出した。
長さ30cm程度の杖。それがこの世界で魔術式を描くために必要な媒体だ。
「見せた覚えはないはずなんだがな」
「あの将軍に気づいた時点で、何かしら魔術を使ってたのはわかる。魔族に気づかれないってことは相当魔力操作が上手いみたいだが、俺から見ればバレバレだな」
「はっ。随分と自分の判断に自信があるな」
「そりゃ——こんだけ記憶を叩き込まれるとな」
「なんだって?」
最後の言葉を濁すように、小声で放ったことで、シモンには届かなかったようだ。
暁は「何でもない」とだけ答え、受け取った杖で魔術式を描くフリをする。
「つっても、粗悪品もいいとこだけどな。有り合わせのもんで適当に削って作ったものだ」
「魔術が使えるなら何でもいいよ」
「あんま派手なの使うと簡単に折れるぞ」
牢屋越しに杖を投げ寄越してくるシモン。放られた杖を掴み、暁は適当に弄ぶ。
「けど、あんた魔力がないんだろ。どうやって魔術を使う?」
「使うやつに魔力がなくても魔術は使える。魔力をどっかから引っ張ってきたりな」
「その辺の魔力を使うのか? 薄すぎるだろ。ここは魔界じゃない」
「以前よりは濃くなっている——いや、えっと……魔力を貯めてるものさえあれば、魔術は使えるってことさ」
「そんなもの持っているのか?」
「ああ。誰にも見えないだろうけど、俺は今、剣を携えてる」
「ふーん」
シモンはあまり興味なさげに返事をする。
「なら、お前は勘定に入れずに脱獄するぞ」
「それで構わねえよ」
「いいね。今度は、外で生きて会おうぜ」
「その時はなんか奢ってくれよ」
「肉でも酒でも、何でも奢ってやるよ」
シモンの返しに暁は笑い、つられるようにシモンも笑い声を上げた。
☆☆☆
「——お前の番だ。出ろ」
魔族のオーガストにそう言われ、牢屋の中で座っていた暁はゆっくりと立ち上がった。
「出たら殴られそうだ」
「そんなことしねえよ」
暁は悪態をつきながらも、鍵の開けられた牢屋の出口に近づく。
牢屋の鍵を開けたオーガストは、顔に切り傷をいくつも作っていた。おそらく、ティグリスによる教育を受けたのだろう。
その報復があるのではないか、と暁はいう。だが、本人にはその意思はないと。とても信じられない雰囲気を持っているのだが。
「金魚のフンはどうした」
「金魚のフン?」
「お前と一緒だった魔族だよ。俺に配膳したやつ」
「……この先で待ってるよ」
「なるほど」
お前はただの牢番か、と。
暁は嘲笑を浮かべる。
オーガストは額に青筋を浮かべ、拳を振るわせる。だが、殴りかかるそぶりは、見せない。
「ちゃんと教育が行き届いているな。さすがは将軍様か」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行け!」
「俺を殴れないからって、他のやつに当たるなよ」
「黙ってろ!!」
ガンッ、とオーガストは力任せに牢屋の鉄格子を叩きつけた。
その様子に肩をすくめながら、暁は牢屋から出て出口の方へと向かう。
シモンはその様子を視線だけで追っていたが、オーガストの注意が向かないようにすぐに視線を逸らした。
「じゃあな。行ってくるわ」
暁は、誰にいうでもなく、檻房全体に響くような声を放ち、歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます