第7話 計画
「で、お前の名前は?」
向かいの牢屋の若い男に問われ、暁は自分を指差す。
「俺? 暁。赤城暁だ」
「アカツキ? この辺じゃ聞かない発音だ。もしかして辺境の出身か?」
「もっと向こうだろうよ。発音を聞かないってことは、同じ言語じゃないってことだ」
「でもお前は俺と同じ言葉を話してる」
「頑張ったからね」
「なるほど……?」
暁の適当な返事に、若い男は生返事をする。
「お前は?」
「俺か? 俺はシモン。シモン・ブラッド。よろしく」
「よろしく、シモン」
二人は自己紹介をようやく終える。そしてお互いの利益の話が始まる。
「なぁシモン。俺はこの牢屋から——人間牧場から抜け出したい。どうすればいい?」
「おいおい、そんなことを知っているのに俺がこんなところにいると思うのか?」
「ああ。その手段には協力者が必要なんじゃないか? それも、魔族のお気に入りの協力者が」
「どうして?」
「お前がなんで俺に話しかけてきたのか、それはあの将軍ティグリスが直々に会いにきたから、だからだと考えられる。だってそれまでお前はダンマリを決め込んでいたからな」
「ふむ。それで?」
「俺である必要性を考えた時、ティグリスの話を加味して考えると特筆すべきは2点。魔力がないこと、そして魔王への御馳走であること。このどちらか、あるいは両方にお前は反応し、俺に声をかけた。のであれば、お前は俺の協力のもと、この人間牧場を抜け出す算段があると踏める」
「お前に声をかけた理由はわかりやすくていい。だが、俺が人間牧場を抜け出す算段を持っている説明にはなっていないぞ」
「そこについては勘だ」
「勘で、初対面の相手に命を預けるのか?」
「状況証拠しかないって話だ。お前はこの状況に絶望している様子はない。他の牢屋に入れられているやつと明らかに様子が違う。自信満々に俺に話しかけてきたことは、何かしらの交渉を取り付ける算段を持っていたからだろう。加え、俺の行動を不審に思いつつも訂正してくれている。俺の信用を得ようとしている、あるいはどうにかして俺との接点を持ちたいのでないか——という推測から、お前は俺に何かしらの可能性を求めて話しかけてきたと思えた」
暁の長い説明を聞き終え、シモンは軽い調子で拍手を叩いた。
「すごいな。だいたい正解だ」
「そりゃよかった。不正解の部分は?」
「俺はこの状況に希望を持ってる。交渉ではなく協力を得る算段がある。何よりお前の信用はすでに得ている——だろ?」
確信した笑みを浮かべるシモンに、暁は思わず反射的に否定を返そうとしてしまう。が、なんとかその言葉を飲み込み、ああ、と返事をする。
否定の言葉がでかかったのは、おそらくひねくれた性格の赤城暁の部分が出てこようとしたのだろう。アウローラであれば、この状況で協力を無碍にするわけがない。
「その通りだ。だから、仲良くこの施設を脱出しようぜ」
「ああ。そうしよう」
二人は少し距離のある牢屋から拳を掲げ合った。
「で、まずは何からすればいい?」
「次に魔族が巡回に来るのは食事を運んでくる時だ。その時に、お前の食事は俺たちのものより幾分かマシなものが提供される。量も多いだろう」
「高級食材は丁重に扱われる、ってことか」
「そう。栄養失調なんかで味が落ちたら、魔王様の怒りに触れちまうだろ」
「話を聞く限りじゃ、そういう魔王らしいな」
「んで、その食事を渡す時に牢屋の鍵を開けて入ってくるだろう。その鍵を盗め」
「いきなり無茶振りだ……」
「俺の牢屋の鍵だけでいい」
「だから、お前の牢屋の鍵なんてわからねえよ」
「そうか? 意外と魔力適正低いんだな」
小馬鹿にしたような声音で言ってくるシモンに、暁は大きく息を吐き出しながら答える。
魔力適正が低いと本気で思われているのか、試されているのか、この世界の人間の知識に乏しい魔王の記憶だけでは判断しかねる。
「言いたいことはわかる。この牢屋の鍵穴の魔力にあった鍵が、その牢屋の鍵だって言いたいんだろ。でも、そんなものを識別できるお前の魔力適正が高いんじゃないのか?」
「へぇ、魔力がない割には、鍵穴の魔力を感じ取れるのか」
「……感じ取ったわけじゃねえよ」
「何?」
「なんでもない」
暁はアウローラの記憶から、魔界で使われていた牢屋の構造から判断しただけだ。
「というか、鍵穴の魔力を識別できるなら別にどの牢屋の鍵だって構わないだろ。鍵穴に合わせた魔力を鍵に流せばいいんだから」
「確かに。そっちの方が簡単だな」
「気づいてなかったのかよ……」
「いや待て。普通は鍵ごとに形が違うよな」
「鍵の造形はある程度鍵穴に合うように作られているが、魔界のモノづくりの技術はそこまで高くない。鍵穴に無理やりねじ込めるだろう。何より大事な鍵の形状部分が魔力で形成できるからそこまで難しくない」
「詳しいな……どうして、って聞かない方がいいか」
「聞かないでくれるならありがたいよ」
「信頼関係のために聞かないでおこう」
へらっと笑ってくるシモンに、暁は苦笑いを返した。
「1個疑問なんだが」
「鍵のことか? 形状を魔力形成できるなら、魔族に牢屋の意味があるのかって」
「そう。魔族は魔力適正が高いって聞くけど、問題がないのか?」
「昔は問題がなかった、だな。今は知らん」
「昔?」
「大戦期、魔族の魔力の扱いは大雑把だった。だから鍵を脆く作ることで、鍵の許容量をオーバーした時は壊れるようになってる。魔力の強弱の扱いに関しては、人間の方がうまかった」
「へぇ。一応、俺が鍵を開ける時は注意した方がいいか」
「たぶんお前の全魔力突っ込んでも壊れないとは思うけど」
「どんだけ魔力が多いんだよ、魔族は……」
辟易した顔で呟くシモン。その顔に暁も同じような表情を浮かべた。
そして代わりというように暁は質問を返した。
「俺からも一ついいか?」
「ああ。なんでもどうぞ」
「ここの連中は、何をされている?」
「……知らねえ方がいいこともあるぜ」
「信頼関係に影響することか?」
「あー、いや。これは話とかないと信頼関係に影響するかもな」
そういってシモンは一息つく。
「毎日3回、この牢屋に入れられた男の中から一人が選ばれる。選出方法については知らねえが、ほぼランダムだ。2日連続で連れて行かれる奴もいる。流石に3日は見たことねえかな」
「連れて行かれて、何をさせられる?」
「生殖行為だ」
「せい……っ?」
予想外の返しに、思わず絶句する暁。
「ん? わからねえか? とどのつまりセッ——」
「いや伝わる。言い直さなくていい……」
生々しい、と呟きながらげんなりする暁だが、シモンは説明を続ける。
「もちろん人間同士じゃあ——ない。目的は魔族の兵士を作ることだからな。ああ、人間同士で食糧用に繁殖させようっていう話題もあるらしい。実行はされていないって言われているけど、女と男の子供は別の施設で管理されていると聞いたことがある」
「胸糞悪い話だな……」
「ま、現状は人間対魔族の戦争は魔族が優勢。ある程度は覚悟しておかないとな」
「お前は……随分と達観しているんだな」
「足掻いても無駄なだけだってことさ。それに、ご褒美だってある」
「ご褒美?」
「そう。生殖行為をさせられる魔族を満足させることができたのなら——絶世のエルフが与えられる」
「エルフ……エルフかぁ……」
夢見る表情をするシモンに、暁は「エルフか」と呟き返すしかできない。
なにせアウローラの記憶をたどり、その種族がどれほどの高慢さを持つか、まざまざと見せつけられる。その見た目は確かに高貴と優美を兼ね備えた美貌を持っているが、その性格にいい印象は一つとしてない。
エルフ、と聞いても苦い表情を浮かべる暁に気付き、シモンは不思議そうに尋ねる。
「なんだ、エルフを知らないのか?」
「いや……知っている。よく知っているから、こういう顔なんだ」
「何!? エルフの国へは一般人では入ることができないし……野良エルフを見たことがあるのか?」
「野良って……」
おそらく国を出て、旅なり移動なりをしているエルフを「野良」と呼称しているのだろう。
シモンが驚く程度には珍しい存在のようだ。
「だが、与えられるエルフはそこらのエルフとはわけが違う!」
「いきなり張り切るじゃん……それにそこらのエルフをお前は知ってんのか」
力説し始めたシモンに、冷ややかな目を向ける暁。だが、シモンはそンなものどこ吹く風だ。
「生殖させられる魔族のいる部屋に入る直前に、そのエルフが入れられている檻の前を通るのだが、そこを通る際に一目見ただけで枯れた男が一気に漲るという! 実際にそこに倒れている奴、あいつはもう8回魔族と生殖をさせられているが、選ばれた時は必ず喜色満面! これだけでどんなエルフか、夢が膨らむじゃねえか!」
「要は、お前は見たことないんだろ、そのエルフ。それに生殖相手にも選ばれたことがない」
「……ああ。だが、俺が選ばれた時にはそのエルフをもらって帰る自信がある!」
「そりゃよかったな」
暁は呆れた表情で嘆息した。
だが、と暁は考える。
アウローラの記憶を見れば、エルフは人間界で最も魔力適正の高い種族。その高さは魔族に次いで高いと評価している。
そんなエルフが、魔族の牢屋におとなしく入っているだろうか。魔力適正は魔族が上とはいえ、その魔族が作る魔道具の質は低い。アウローラが死んでから飛躍的に魔道具の質が向上したのだとすれば考えられなくもないが、この牢屋を見る限りそんなことは起こっていないはずだ。
未だ続くシモンの力説を聞き流しながら、暁はこの施設の脱出方法を考え始めた。
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