第4話 冒険者

 暁が聞いた足音は、林を歩く4人組のものだった。

 一人は胸当てや手甲など、最低限の防具をつけている。一人は全身を覆う鎧を着ている。一人は丈の長いローブを纏い杖を握っている。一人は防具らしい防具はつけておらず、武器も短剣一つの軽装備だ。

 先導している軽装の男がリーダーなのだろう。皆、彼の後について歩いている。

 暁は物陰から隠れて様子を窺っていた。4人とも足取りは軽いが、周囲への警戒は怠っていない。

 ——俗に言う冒険者パーティってやつか。ここに何かあんのか?

 なぜこのような場所に、と疑問に思うが、見ているだけでは答えてくれそうにない。

 彼らがどれほど強いのか、見て判断できるほどの経験は暁にはない——が、記憶の主にはあるようで。

 ——冒険者ランク……があるのかは知らんけど、最高評価がSなら彼らはBってとこか。だいたい。おそらく。たぶん、きっと。

 ちょっとずつ自信がなくなっていったが、とはいえ記憶の主の慧眼を信じれば、それくらいだろう。

 いきなり出ていって警戒されないだろうか。警戒はされるだろうが、戦闘にはならないだろうか。なったとして、俺は戦えるのだろうか。この記憶の主と同じ強さが、今の自分にあるのか。


「——そこ、誰かいるの?」


 一番軽装な人物に、暁の隠れている場所を指差し指摘された。

 うわ、と小さく唸る暁。彼らの周りに見えない結界のようなものがあるのはなんとなく感じ、そこから離れていたはずだった。それでもバレたと言うことは、あの人物の能力か何かか。


「誰かいるのか?」

「うん。魔族じゃない、けど、隠れてる」

「叩くか? アラン」


 リーダーらしき男に、武器を構えた鎧の男が聞いた。

 暁はすぐさま片手を上げて隠れるのをやめて出ていく。


「やめてくれ、ただの人だ」


 姿を現したものの、それだけでは構えを解いてくれない。

 どうしたものか、と頭を抱えそうになるが、暁が行動を起こす前に、リーダーの男——アランだけは剣を納めて口を開いた。


「見たとこ、この辺の人には思えないけど」

「人を見た目で判断しちゃいけない、って親から教わらなかったか——待て待て待て、冗談だ」


 暁の返答に武器を構えなおした3人に、慌てて手を振って戦意のないことを伝える。


「いろいろあって、近くの村に居候している。で、その村に住む少年の手伝いで山菜を取っていた」

「そのいろいろを知りたいんだけど」

「俺だって理解できていない。こんな格好で、平野にいつの間にか突っ立ってたんだ」

「……なるほど。魔界の影響か」


 通じるのか、と思わず苦笑いが漏れる。


「その魔界の影響を俺も知りたいんだけど」

「説明をしてあげたいところだけど、そんな時間はない。この辺りに魔族が巣食っている……よりも酷い噂がある」

「そう。じゃ、俺はこれで。近くにいると危ないよな、俺は帰るよ。その少年と合流して」


 暁はそそくさと後にしようとする。

 嫌な予感がする。4人パーティで魔族が巣食っているところに突っ込むなんて無謀だ。パーティ単位で動いているせいなのか、それとも突っ込むのではなく斥候だったとしても、4人で事足りるとは到底思えない。

 だから、さっさと離れてしまった方が身のためな気がした。


「待って! その剣、聖剣じゃないか?」


 その後ろ姿を呼び止め、アランはそう聞いてきた。

 剣、と言われて思い当たるのはアロンダイトだけだ。だが、初めて見た時とは全く見た目も変わっており、ただの剣にしか見えない。だが、アランは特殊な剣だと見抜いた。


「聖剣に選ばれた、ってことはかなり強いんじゃない? よかったら手伝って——」

「無理だね。俺は俺がどれだけ強いのかなんて知らない。この剣も適当に拾っただけだ。そんな聖剣? なんてたいそうなもののはずがない。もちろん、あんたは戦いたくない人を無理やり連れて行こうなんて思わないよな。だって『よかったら』って言ったんだから」

「……そう捲し立てられると取り付く島もないな」

「わかったら、俺は帰るぞ」

「ああ。引き留めて悪かった……さ、みんな。先を行こう」


 アランは勧誘を諦め、仲間を率いて先へと進む。

 暁もそれとは反対に体を向け、ヘンリと別れた場所へと戻ろうとする。


「そういえば、酷い噂について教えていなかったね」

「いい。聞きたくない」

「この辺に住んでるなら知っておいた方がいい」


 耳を塞ぐポーズをする暁だが、アランは構わず話を続ける。

 聞きたくないのは、なんとなく察しがつくからだ。記憶の主が先代魔王アウローラだとすれば、そしてその記憶の中の魔族たちのことを考えれば、ここで何をしているのかも想像できる。


「——人間を捕らえ、食糧や兵士として利用するために飼育している……さながら人間牧場があるって噂だ」

「想像より酷ぇ……」


 人間を食糧にしている可能性は予想していたし、そのために溜め込んでいるかもしれないとも思っていたが、牧場までの考えには至らなかった。


「知っておいてよかっただろ? 魔族を見つけたら、すぐに逃げるんだぞ」

「肝に銘じておくよ」


 そう返答し、暁はアランたちと別れた。



☆☆☆



 暁は元来た道とは少し変えながら、山菜を集めてヘンリと別れた地点まで戻ってきた。

 そこではすでにヘンリが待っており、暁はすぐに荷車に取ってきた山菜のかごを置いた。


「それでは帰りましょうか」


 そう言い、ヘンリは村へと歩き出す。その後を暁はついていく。


「ヘンリ。さっき冒険者……って言うのかわからないけど、武装した4人組にあったんだ」

「そうなんですか? 何かあったんでしょうか」

「近くに魔族が拠点を作ってるらしい。見てないから、ほんとか知らんけど」

「拠点……ですか。物騒ですね」


 暁はヘンリの反応を注意深く見ながら会話をしていたが、不審なところは見られなかった。

 本当に知らないのか、あるいは隠す演技はお手のものか。

 人間牧場、と聞いて昨日今日や一週間でできたものではないだろう。牧場というぐらいなのだから、それなりに大きい施設のはず。加え、人間を捕らえて飼育している噂が出ているのなら、実際に捕らえられた人がいるのだろう。

 それが近くにできて、知らないとはとても思えない。

 ——いや、あの村は大人が皆出ていっているんだっけか。だったら知らなくてもおかしくない、のか?

 しかし村長は残っているはずだ。村長なら知っているのだろうか。


「なぁ、村に戻ったら村長に挨拶させてくれないか?」

「あ……どうでしょう。村長は昼間、よく出かけますので。いるかわかりません」

「じゃあ戻ってくるまで待とうか」

「ど、どうでしょうね、今日は帰ってくるかわかりません」


 苦笑を浮かべるヘンリに、暁は疑いの目を強める。

 村長に合わせたくないのは見るからにわかる。だが、その理由に思い当たらない。


「……そんなに遠くに行っているのか?」

「えっと、そうですね。昨日、そんなことを言っていました……あ、そうそう! アカツキさんがいるので、隊商に寄ってもらうように伝えてくると!」

「隊商?」

「はい。各地を回って商売をしている人たちのことで、アカツキさんの今後の情報を持っているだろうからって」

「それはありがたいな」


 果たしてどこまで本当か、と思案するも、これ以上の話は続けられそうにない。


「その隊商が来るとするなら、どれくらいかかる?」

「一週間ほどでしょうか。隊商が運良く近くの街に入れば、おそらく4日程度だと思いますが、いなかったり準備があったりすると、大体それくらいかかると思います」

「じゃ、それまでは厄介になるしかないか。行くあてもないし、俺のために呼んでくれたってのなら無碍にするわけにもいかない」

「そうですね。それまでは今日のように僕の手伝いをお願いいたします」

「わかった」


 暁はヘンリにそう返事をし、村への帰路を進んだ。



☆☆☆



「——アラン、どうして彼を誘ったの?」

「そうだよ。僕らだけじゃ不満だっての?」


 アランは暁と別れてから、パーティメンバーの魔術師と暗殺者から不満の声を聞かされていた。


「不満なんてないよ。ただ……彼から魔力を感じなかった」

「確かに彼からは微塵も魔力を感じなかったけど、隠していただけでしょ。でないと、平野にほっぽり出されて無傷だなんて有り得ない」

「それに魔力がないってことは使い物にならないよ」

「うん。でも、もし彼が巫女様の予言の人物だったら——って思って」


 アランの言葉に、鎧の男がすぐさま否定する。


「それこそ有り得ない。だって予言の人物はすでに王都に現れたと聞いたぞ」

「そうだね。でも巫女様も一人だとは言っていなかったし」

「なんにせよ、助けてくれないのであれば予言の人物ではない。魔力を持たない世界から呼ばれ、この世界の救世主となる存在……そのような存在に頼るまでもない」

「俺もそう思う。でも、現状そうも言っていられないだろ」


 アランの言葉に、鎧の男は嘆息する。


「魔族との領土争いは、人間界側が連戦連敗。各地の魔族の将軍が人間界で領土争いまで始める始末。これを終わらせられるなら、何にだって頼らなきゃね」

「うん。でも、まずは——」


 アランに同調した暗殺者が、パーティに止まるよう指示を出す。

 魔族が建てたであろう、人間を飼育する施設。それが近いのだろう。

 見張らしき魔族の気配を感じ取った。


「この任務から生きて帰らなきゃね」

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