第9話 宝物庫 ~エルフ姉妹と、“黒い神殿”~

「でもぉ、その前にぃ、ダーリン♡

 『ありがとう』のぉ、キスぅ、して?」




 3人の人間が、巨大な石柱群の間を疾走する。

 加速の魔法をかけているので、非常に速い速度で移動している。


 そのうちの一人、小柄な少女は、“大剣使い”の首に、腕を巻き付けて離れない。

 コウモリの羽が背中についている少女は、浮いているから重さは感じない。


 3人の足取りは軽かった。

 海底神殿の秘宝探索は、終わりが見えてきた。


 異界“ダンジョン”と化した“深部”の最下層で、大量の敵を蹴散らし、回収目標の“秘宝”が、ありそうな“黒い神殿”の位置が、わかった。


 移動中、敵は、まったく出て来ない。

 静かなものだ。

 あとは、奪えるだけ、奪うだけだ。


「“ダンジョンボス”の、無力化に成功したようだな。

 海底神殿の“深部”は、これでクリアだろう。」


「あとは、最後に“宝物庫”を、開けるだけか?

 “黒い神殿”とやら、秘宝があると良いのだが。」



「そうそう、“ダンジョンボス”で、思い出した。

 わたしの方がぁ、強かったんだけど、さぁ~。

 珍しい魔法をたくさん使う、変わった敵が居たよ。」


 “吸血姫”が、顔を寄せて、話しかけてくる。 


「倒したか?」


「ううん。

 少し吸い込んだような、感覚はあるけど、“食糧庫”には見当たらない。」


「逃げたんじゃないか?」


「たぶんね。」


「空間を転移できる、高度な“ワープ”能力持ちか?」


「間違いなくそう。

 最初は、使ってこなかったんだけどぉ。

 あたしの方が、強いもんだからぁ、いきなりぃ、“ワープ”を使いだしてぇ~。

 距離をとって、離れてさぁ~。

 削り切れなかった。」


「容姿は?」


「真っ白な服装の背の高い魔女。

 巨人と人間の、中間くらいの大きさかな。

 全身が白ずくめだから、見ればすぐわかるよ。

 頭が魚みたいに細長くて、フランスパンみたいな尖った金の冠をつけていたよ。

 白い布で覆われていて、顔は、見えなかったね。」


「武器は?」

「木の根みたいな杖を持っていたよ。“伝説級”かな?

 何か、わからんかった~。」


「攻撃手段は?」

「遠距離は、“肉の盾”を大量に召喚してくる。」


 ふむ、召喚魔法の使い手か。

 先ほどの“シャンタック鳥”のような怪物の発生源だったのか。

 恐ろしく大量のマナを持ち、手下を、無限に召喚してくるタイプのボスか。


 逃げたようだが、敵のエネルギー切れは、期待できまい。

 奴のマナの源は、この海底都市の“動力”かもしれん。

 海底都市の“動力”は、間違いなく、この神殿の“深部”にあるだろう。


「近距離は、魔法を使ってくるかな。

 珍しい、“多重属性”、持ち。

 水や土だけでなく、“樹木”属性。」


「“木”か?水と土の、複合魔法か?」


「ん~どうだろ? 別系統の、魔法かな?

 3つ同時に“大魔法”を、使ってきた時は、少し焦った~。」


 “樹木”や“木の根”を操る魔法は、たしか“大森林”の連中が使う技か?


 俺の、炎魔法と相性がいい。

 遭遇したら、初手から、全力で焼き尽くそう。

 俺の炎は、普通の水では、消えない。



「見えたぞ。あれか。」


 青白い明かりに照らされ、“黒い神殿”が、現れた。

 まるで、中南米の古代遺跡のようだ。

 かなり、開けた土地に立っており、予想より大きい。


 神殿の周りには、大勢の”深きもの共”の姿が見える。

 海底都市に、“本隊”が突入したので、逃げてきた避難民たちだろうか。


 巨大な魔法陣の光が、きらめく度に、難民の数が遺跡の周りに増えていく。


 槍を持った兵士の統制は、上手くいっていない。

 小さな集団が右往左往して、互いに叫び声をあげ、非常に騒々しい。


 多くのものが、疲れ果て、家財道具を背負い、座り込んでいる。

 ここまで逃げ延びて、安心したのか、数名同士で肩を寄せ、抱き合う姿がある。

 迷子になり、はぐれた様子の、“深きもの共”もいる。


「・・・ツ!」


 同じ光景を見たのか、サムライ娘が、唇をかむ音が聞こえた。

 彼女の里は、魔物に、滅ぼされたんだったな。


「おい、俺には顔色が悪く見えるぞ。大丈夫か、“シリュウ”!」

 

 戦闘時に使う中で、もっとも高価な回復薬を2本渡しながら、“アルファ”は、険しい表情の、パーティメンバーを気遣う。


「大丈夫だ。 問題ない。 ありがとう。」


 たしかに、ゴーグルに表示されたパーティメンバーの“SAN値”は、正常値だ。


「あれぇ~?まさかぁ、“シリュウ”ちゃん?

 まさか、服を着た“魚”、なんかにぃ、同情してるのぉ?


 奴らは、 “豚” 以下だよ?」


 魚介、だけにねっ♪

 サカナと、フグと、イカぁ~♪

“吸血姫”は、『キャハハハッ!』と笑いながら、パーティメンバーをからかう。


「“吸血鬼”、“封印解除”

 殲滅せんめつ戦だ。突入の準備をしろ。」


 “臭いモノ”には、“蓋”をするに、限る。

 パーティリーダーは、指示をだす。


「“吸血姫”、あの“宝物庫”とおぼしき、“黒い神殿”を包囲し、殲滅せよ。

 建物外から、神殿内に、敵を追い立てろ。

 神殿外周の包囲が、完了次第、“転送”の魔法陣を壊せ。」


「いいのか?

 あの“転移陣”を利用すれば、我々も海底都市の上層に帰還できるかもしれない。」


 “シリュウ”が確認する。


「ああ。

 確かに、お前の考えも、わかる。俺たちが戻るとき、便利かもしれないな。

 

 ただ、俺たちには、"本隊”の面倒もみる必要がある事を、忘れるな。

 もし海底都市に、逃げ道があれば、“新兵”の“レベル上げ”に支障をきたす。

 

 神殿内に、王侯貴族用の“転移陣”があるはずだ。

 それが、あれば、他は不要だ。」

 

 “アルファ”は、パーティメンバーに、転移陣を破壊する理由を説明する。


「もちろん、美しく教養があって、大人な“姫”には、慎重に壊させるさ。


 “吸血姫”、間違って、迷い込んだ“新兵”や他の“パーティ”が居ないか気をつけろよ?

 もし、お前の“食糧庫”で、仲間の“遺品”を見つけた場合は、報告するように。

 迷ったり、困ったり、何かがあったら、相談しろよ?

 

 俺が守ってやる。信じてくれよ?」


「オッケー!

 “プリーズ、トラスト、ミー”って、言う人は、信じることにしてるんだぁ!」


 “最初は、だけどねぇ、眷属ぅ?”

 

 吸血姫は、不敵に笑うと、“黒い神殿”の反対側に向かっていった。




「相棒、妖刀“脇差わきざし”を出してくれ。直接、手で刀に触れないよう注意してくれ。」


 “シリュウ”が、殲滅戦に備え、装備を整えはじめた。


「“シリュウ”、30分だけだ。“戻って来い”よ?“相棒”」


 サムライ娘の“シリュウ”は、“探索”や“回収”といった仕事を好む。

 他の、パーティメンバーとは異なり、いわゆる“汚れ仕事”は、好まない。


 本来、“殺し”や“犯罪行為”は、彼女自身のカルマ属性 “善 ”には合わないのだ。


 パーティ“アルファチーム”が所属する“実働部隊”は、様々な背景の兵士がいる。


 かつて、“組織”に存在した、“暗殺部隊”出身の者も多い。

 “シリュウ”もその一人だった。


 “妖刀”に飲まれ、“正気度”を完全に失っていた彼女を、パーティに勧誘したのは、“アルファ”自身だ。

 

 回復した今でも、彼女は“妖刀”に、依存し続けている。


 この“組織”の最前線で体を張るには、カルマ属性を、無理やりにでも、変えなけらば、やっていられないのだ。


 リーダーである“アルファ”には、“彼女”の面倒を、最後までみる責任が、ある。


 

 “シリュウ”は、深く呼吸したあと、意を決したように“妖刀”を、引き抜いた。




“クヒッ”


 小さな笑い声が聞こえたような気がした。



 突然、耳元で熱い吐息が聞こえる。

 隣に、“なにか”が立ち、囁くように、顔を近づけた。



「・・・おしたい、申し上げております。 我が、“主君”。 」

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