第8話 暴食 ~エルフ姉妹と、“最終兵器”~

 『うめぇ!! この鳥っ、めっちゃ、うめぇ!!』


 ぶるり。

 背中の大剣が震えた気がした。



「うめぇ!ぱねぇ!マジ、やばいっ!」


 再び、下品な声が、ダンジョンの巨大な地下空間に響く。

 

 ?

 気のせいだったか?

 大剣使い“アルファ”は、自身の“大剣”に目をやる。

 “女王”ではなく、“姫”のほうか?

 

 先ほど始末した怪物の傍に、コウモリ羽の生えた茶髪の長い髪の少女が、座り込んでいる。

 

 赤い瞳と同じような赤い化粧や染みが、顔や白い服にできている。

 

 パーティリーダー“アルファ”の怪訝な視線に気づくと、コウモリ娘は、

『おほほっ、大変、美味しゅうございますわぁ~美味ですのぉ~オホホっ!』

 と取り繕うように笑った。


 ふむ?

 幻想生物“シャンタック鳥”の血は、赤いのか?

 

 奴らの鱗の色と同じ、青い血だったような。

 もしかして、地上の生物を“改造”したのか?


 「あたしってぇ、血だけでなくぅ、肉や臓物もイケるくち、なのぉ~。」

 

 少女は、白い服の袖を赤くしながら、盛大にぶちまけている。


 まあ、混血の“ハーフヴァンパイア”だからなぁ。

 そんなものだろう。


 亜麻色あまいろの髪をした美少女が、『ヤーミィ!ヤーミィ!』などと幼子のような口調で怪物の死肉をあさっていた。


 そんな“吸血姫”の様子を、黒髪ポニテのサムライ娘が、あきれた様子で眺めていた。


「まったく、“眠り姫”ときたら。」


 長い黒髪をポニーテールに結った女剣士は正座して、パーティリーダーの“アルファ”から受け取った砥石で、大刀を磨き続ける。


「直接、手で食べるとは。

 レディの振る舞いとは、思えん。」


 さすが、サムライ娘は、常識人だ。

 武士道を信仰する“シリュウ”のカルマ属性は、まだ“善”だったはずだ。


 “組織”では、珍しい。 


 “善人は、早死にする”からだ。


「全く、箸を使え。箸を。“チョップスティクス”だ。

 ああ、そういえば、持って来たんだった。」


 突っ込みどころは、“そこ”だろうか?


 愛刀の刃こぼれの確認が終わった女剣士は、立ち上がると、懐に手をやる。


「“姫様”、この“矯正箸きょうせいばし”をお使い下さい。貴方様のために、買ってきました。」


 女剣士の“シリュウ”は、“吸血姫”に近づくと、ひざまずいて、ピンク色の輪っかがついた矯正箸を差し出した。


 それって、幼児向けの小さな、お箸じゃない?


「え~、めんどくさいしぃ~。」


 サムライ娘の提案は、あっけなく、拒否された。


 “吸血姫”は、口から食べるのに、飽きたのか、細い指をブスリと、怪物の胴体に突き刺した。


 “ズっ”と、形容しがたい音がした。


 突然、怪物が細くなる。

 一呼吸も立たぬうちに、骨と皮だけの姿になった。

 まるで日干しの魚である。


 青い巨大な鳥は、一瞬で、ミイラと化していく。


「そうか・・・。」


 “シリュウ”は少し、悲しそうにしている。


『ビクッ!』

 サムライ娘の長い黒髪、ポニーテールが敏感に反応する。


「相棒ッ!新手だッ!

 先ほどの敵と同じ、マナ反応が多数。

 すごい数だ!」

 

 女剣士“シリュウ”が納刀したまま、“居合い”の姿勢になる。

 “マナ”をめて、大技を発動する気だ。


 「数を、正確に頼むぞ?」

 「100体以上。まだ、増えてる。」

 

 “シリュウ”の顔に、冷や汗が浮かぶ。


 「もしかして、“無限沸き”、じゃ、なぁ~い~?」

 

 もう一人のパーティメンバーは呑気な感じで、背筋を伸ばし“深呼吸”している。


 “アルファ”は、わずかな時間、悩む。

 

 すぐに爆撃が来る。


 逃げても、追いつかれる。

 防御魔法を発動しても、飽和攻撃で、ジリ貧だ。


 “組織”の教義に基づき、“攻めろッ!守ったら負けるッ!”というべき場面だ。

 

 俺の炎魔法“黒き炎”で、焼き尽くすか?

 100体程度なら、いけるが、それでよいか?


 もし、無限沸きだったら?

 回避に専念し、“任務目標”の“動力源”に、まっすぐ向かうべき。

 

 くッ!

 もう、時間切れだ。


 巨大な石柱の向こうから、怪物どもの羽音と叫び声がわずかに聞こえるようだ。

 いつ、攻撃されてもおかしくない。


 “切り札”を切ろう。出し惜しみは、すまい。


 パーティリーダーの“アルファ”は、低い声で、はっきりと命令する。 


 「“吸血姫”、封印を解除。

  敵を殲滅せよ。

  先制攻撃を開始。」

 

 “吸血鬼”は、ニィと口元を歪め、凄惨な表情で笑う。

 彼女のマナが、極限まで増大するのが、わかる。


 空中高く飛び上がると、コウモリ羽の少女は、指をクィと振った。


 少女の背丈より、複数のドス黒い球体が、彼女の周囲に浮かびあがる。


 彼女は、“重力”使いだ。

 まずは、自身の周囲の防御を固め、敵の遠距離攻撃を無効化したのだ。

 

 「頭が、高くない? このバカ鳥ィ!!」


 “ハーフヴァンパイア”の少女が、高らかにあざ笑う。


 小ぶりのつえを出し、指揮者のように腕を、振った。


 『グオン』


 空間が無数に、“えぐれる”。

 数百mはあろうかという、巨大な黒い球体が、無数に出現する。


 球体は、大小の大きさの違いがあれど、怪鳥の群れに直撃している。

 

 小柄な“吸血姫”が腕を振るたび、地下空間に並ぶ巨大な石柱群が、球状に次つぎと、削れていく。

 やがて、空飛ぶ彼女は、敵の群れの中に、単独で、突撃していった。


 巨大な鳥の群れは、散りぢりになり、逃げ惑うが、“どす黒い球体”に引き寄せられ、断末魔を上げながら、吸い込まれていく。

 

 これって、ホントに“重力”なのかなぁ?

 あっという間に小さくなる彼女の後姿に、普段から感じている疑問が浮かぶ。


 いつ見ても、俺の知ってる、“重力”魔法とは、違う気がするのだ。


 物を、上げたり下げたり、重くしたり軽くしたりするのが、“重力”ではないのか?

 彼女の魔法には、もっと“異質”の“形容しがたい”邪悪な力の片鱗を、感じるのだ。

 

 “究極魔法”の一つである、“黒い穴”、またの名を“ブラック・ホール”という。

 

 空の遥か彼方、星々がある“宇宙”から来た“幻想生物”が使ってくる、魔法らしい。


 “組織”の最高機密のひとつ、“大罪”の名が冠されている“最終兵器"。

 彼女が、味方で良かったと心の底から思う。


 “重力使い”の少女は、そして、対要塞用の“決戦兵器”でもある。

 “組織”に仇なすモノを、完全に、“消し去る”ための“処刑人”なのだ。

 

 無論、彼女は、組織の“道具”として存在する。

 兵器の引き金、手綱は、“アルファ”が完全に、握っていることに、“なっている”。


 とはいえ独自の意思を持つ彼女の機嫌には、細心の注意を払う必要があるだろう。

 


 小一時間ほど、たっただろうか。

 しばらくして、吸血姫は、パーティの仲間の元に戻ってきた。 


「首尾は?」

 女剣士“シリュウ”が、尋ねる。


「“食糧庫”の亜空間に、ぶちまけてやった。

 出現しそうな場所の空間ごと、削ってきた。

 残りは、逃げた~。」


「よし、敵は殲滅されたと判断。

 “再封印”する。

 “吸血姫”、任務目標の“秘宝”が、ありそうな場所は、あったか?」


 “アルファ”が尋ねる。

 任務目標の古代文明が残した、“秘宝”まで、消滅させていないか不安になった。

 彼女は、ブリーフィングや、パーティの戦闘状況に、あまり関心がなさそうだ。


 まだ、覚えているかな?


 また忘れていて、最初から説明するのも面倒だが、何度でも説明しよう。

 それが、俺の仕事だからだ。


「あったよぉ~、“マナ”が集中する、黒い神殿。」


 深紅の瞳の“吸血姫”は、じっと、“アルファ”のゴーグルの奥を覗き込む。

 そして、いつもの口調に戻って言った。


「でもぉ、その前にぃ、ダーリン♡

 『ありがとう』のぉ、キスぅ、して?」

 

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