第5話 接敵 ~エルフ姉妹と、ハーフヴァンパイア~

『痛ったぁ!!誰か、私のお尻、踏んだでしょ!!』



 巨大なダンジョン“異界”と化した海底神殿の下層の床をぶち抜き続け、遂に最下層の広大な空間に、恰好つけて”三転着地”で、到着しようとしていた、その時だった。


 かん高い、素っ頓狂な叫び声が、若者の下から聞こえた。



『“吸血姫”が目覚めた!繰り返す、”吸血姫”が、目覚めた!!

 地獄の窯が、開くぞ!!衝撃に、備えろ!!』

 極東の侍娘は、忍者のようにうまくバランスを取りながら、若者の上に着地した。


『げふっ』

 若者は、女剣士の抱える“大刀”が、みぞおちに当たった衝撃で、声にならない叫びをあげる。

 直前に“念話”で、教えてもらったので、なんとか、衝撃は吸収できた。その証拠に、下から、追加の悲鳴は聞こえない。


『あっ!ごめん、相棒。

 おいっ。大丈夫か。応答しろ、“アルファ”!”アルファァー”!!』

 長い黒髪をポニーテールに結っている少女は素直に謝った。


『落ち着け。大丈夫だ。問題ない。親愛なる同志姉妹よ。

 我らは、戦場という地獄に、祈りをささげる死の司祭。

 ここは、俺に任せろ。』

 パーティーリーダーの”アルファ”が答え、通信を終える。



 若者は、下敷きにした、茶色いロングヘアの少女の尻から、さっと手をどかし、慌てて、立ち上がった。


 若者が所属する“組織”はハラスメントのない健全な職場環境を目指しているのだ。

 かつて鬼軍曹だったハートマンが、罵倒と暴力で、新兵を殺人マシーンにするのをやめたのは、それが理由だろう。俺も彼を見習わなければならない。強い意思で!


 素早く落とした装備がないかを確認しながら、大剣を背負い直した若者は、ぎこちない笑みを浮かべる。


 頭と背中にコウモリの翼が生えた、亜人の少女は、ものすごく不機嫌な顔して、腹ばいの姿勢から、起き上がり若者をにらみつける。


「寝すぎて、疲れる予感で、目が覚めたぁ~!」

 両手を腰にあて、頬を膨らませ抗議する。


「説明してもらえるよね?眷属ぅ?」


 パーティリーダー”アルファ”の脳内で、超高速の思考が、回転する。


 こいつ、作戦ブリーフィングで、完全に寝てただろ。まあ、昼間だったしな。

 俺、「会議で眠かったら、必死にメモするか、クロスワードパズルでもやれ。他の仲間に、失礼だから起きろ!」って何度も言ってるよな。

 なんで、こいつは、全く言うことを聞かないんだ。全然、起こしても起きないし。

 “レイドリーダー”や他の幹部連中から、いつも俺が代わりに怒られるし。

 ”春眠、暁を覚えず”という言葉の意味を、辞書で引かせ、音読させてから、教室の黒板いっぱいにチョークで書かせて、反省させてやりたいよ。


 お前、完全に、寝過ごしてんぞ?都市潜入から、神殿突入までの強襲作戦を、お前抜きでやったせいで、うちのパーティ、もう5人中、2人帰ったからな?

 人数上の戦力減は、”全滅”の定義の3割を越えて、4割なんだぞ?


「ねぇ、はやくぅ?教えてよぉ?」

 ”吸血姫”が、羽をパタパタさせて浮かび上がり、頬杖をつきながら、文字通り、超が付くほどの“上から目線”で、パーティーリーダーを眺めてくる。

 

 ああ、こいつを、早く、“わからせ”て、やりてぇ~。


 先ほどの”強い意思”は、今にも崩れそうだった。



 ここが、“魔剣”使いの腕の見せ所だ。

 ”アルファ”は、必死に笑顔をとりつくろい、黒いスカートを履いた少女に話しかけた。


「これは、とある名家の、とても気高く、それはそれは美しい、エレガントな大人の女性を称えるために、”人間ピラミッド”を作っているところなんだ。」


「すっごーい!”人間”ピラミッドを作っていたのね、うれしいわっ!うん、それなら、仕方ないわねっ。」

 混血の亜人の少女は、胸の赤いリボンについた汚れを払った。


「わかってくれて、嬉しいよ。そう、全ては、”美しい女性のため”なんだ。」

 “アルファ”は、片目でウィンクしてみせる。もちろん、若者は顔に、ペストマスクにゴーグルを付けているので見えるわけがない。


「あれぇ?美しい女性のため?それってぇ、もしかしてぇ、あたしのことぉ?」

 ハーフヴァンパイアの少女は、甲高い声で、甘えたようなしゃべり方をする。


「あハッ、そうだよ、この寝坊すけさんっ!」

 ”アルファ”は、近づいてきた少女の広い額を小突く真似をした。


「あーん!痛いわぁ、ダーリンっ!

 うーん、ちゅっ。大好きよぉ~!眷属ぅ!」

 赤い目の少女は、若者の首に、するっと、手を回して、マスクの上から若者の頬にキスして見せた。




「まったく。

 おい。お前ら、いつまで、やってるんだ。任務に集中しろ。」クールな感じのする黒髪の女剣士が、呆れた目で、二人のやりとりを眺める。


 いや、最初にこのノリを始めたのは、“シリュウ”さんですからね。断じて、俺ではない。


 こほんと、“アルファ”は、咳払いする。

 やはり、リーダーが仕切らねばならない。


「親愛なる我が姫、”吸血姫”君と“シリュウ”君、元気かね?」

「はーいっ!」「怪我なし。装備等の損耗なし。戦闘続行可能。」


「さて次の指令だが、”異界”と化した神殿の最下層に飛んでくれたまえ。」

「うんうん!」「おそらく、ここがそうだ。”マナ”の痕跡は、このフロアに目標があることを示しているな。そうだろう?”アルファ”博士?」


「“海底都市”に隠された“秘宝”は、長年我らと敵対してきた「深きもの共」が、”超古代文明”から引き継いだ貴重な“大いなる遺産”だ。」

「すっごーい!」「うむ。」


「それを、我らがより適切に管理することで、人類を正しく導く必要がある。我々には、その責任と伝統、裏付けとなる”大いなる力”があるのだ。“秘宝”を、悪の手から守るのだ。」

「わかったよ!」「私達は、コレクションにしようと奪いにきた側だがな、“弁解は罪悪と知りたまえ”。なあ、”アルファ”卿。」


「君たちを”異界”に取り込もうと、”幻想生物”たちが狙っている、気を付けてくれたまえ。」

「きゃーこわーい!」「巨大なマナ反応を検知、リーダーの背中、6時方向だ。

“大刀”の“溜め”は終わってる。いつでも、いけるぞ!」


「キミを守るのは、キミ自身だ。成功を祈る。」

“アルファ”が最後のセリフを言う。

これがレコードだったら、爆発するかな?


 ドッカーン!


 遠距離攻撃!

 接敵が想定より、早い!


「上から来るぞッ!気をつけろッ!」

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