第2話 旅立ち

2人は駅に着くと、エーテルで稼働する列車に乗り、楽園アヴァロンの入り口がある終点を目指した。列車内はそこそこ人が乗っていたが、幸い2人並んで座れる席を見つけてそこに腰をかけた。


「楽園、近づいてきたね」


カインの隣に座るシノが車窓から遠くに見える楽園を見て呟く。やはり今日も塔の先端は雲に隠れて視認することができない。楽園の全容は謎に満ちており、今までの調査で”ラスト”と呼ばれる僅かな上位探索者シーカーが最大6階層まで到達した程度だ。しかし、楽園はまだ上の階層があると考えられている。

楽園には万能薬や魔石など、楽園の中でしか手に入らない特別な力を持ったものが多くある。彼らの持つ銀の弾丸シルバーバレットも楽園の産物から作られた武器である。


カインは電車に揺られ、徐々に瞼が重くなってきていた。それに気づいたシノは優しく笑って彼に囁いた。


「ボクが起こすからカインは寝ていいよ。おやすみ」


カインは相槌を打つと、列車の揺れの中で目を閉じた。

夢の中でカインは彼が幼かった頃の夢を見た。

雪の降る寒い日、暗い路地で寒さと空腹に耐えるよううずくまっていたカインの前に現れた白い髪の同い年くらいの孤児。その子は彼の隣にストンと腰を落とすと、懐からバゲットを取り出して半分こにして手渡してにっこりと笑った。


『これ古いからパサパサかもしれないけど』


その子どももカインと同じく薄汚れボロボロだったが、彼にとってその子は誰よりも綺麗で、まるで天使のように思えた。バケットは確かに乾燥して固かったが、今まで食べてきた物の中で一番美味しく、彼は目が熱くなるのを感じた。


『ボクはシノ。君の名前は?___』

「...イン!」


突然大きな声が響き渡り、カインは眉をしかめた。


「もうカイン! 着いたよ」

「うう...」


眠りこけていたカインをシノが揺さぶって起こす。終点に着いたようだった。カインは大きく伸びると探索の荷物が入った重いバックパックを背負う。

2人は列車から降りると、そこは沢山の人で賑わっていた。種類豊富な飲食店、武器商人に、魔道具屋…楽園への挑戦者が多く集まる場所だったので、その街も活気盛んだった。探索者シーカーが楽園に入るためにはギルドでの事前手続きが必要なので、2人は最初にギルドへ向かった。ギルドの中は受付待ちの探索者で溢れかえっていた。2人の順番になり、受付係から楽園アヴァロンに関する情報を聞く。


「お2人は楽園に入ったことはありますか?」

「第1階層だけ訓練で入ったことがあります」

「なるほど、かしこまりました」


受付係の質問に淡々と答えつつ、電子機械で生体認証を行う。


「カイン・クルスさんとシノ・ローデスさん…お2人とも19歳ですね。そして探索者ライセンスの保持者っと」


受付係がすばやく機械に情報を入力していく。しばらくして、受付係は後ろの棚から丸い手のひらほどの大きさの機械を取り出してカインとシノに手渡す。


「これは羅針盤タクトです。こちらで楽園の地図や環境情報がチェックでき、他の人とコンタクトも取れます。まあ楽園には未知の部分が多いので、地図や環境情報がせいぜい4階層くらいまでしか十分じゃないんですけどね」


受付係は肩をすくめて苦笑する。


「これにて受付は終了です。あなた達がこの羅針盤<タクト>を完成してくださることを期待していますよ。幸運を」


ギルドを出た後、彼らは魔道具屋で回復薬や携帯食料など冒険に必要なものを買い込んでから、少し早いが楽園への出発のための集合場所へ向かった。

集合場所である楽園の門前は他の探索者で溢れかえっていた。


「シノ、羅針盤の連絡先交換教えてくれ」

「もちろん」


お互いの羅針盤同士を近づけると軽い電子音が鳴る。カインの羅針盤にはシノの名前が表示されていた。これで連絡先が交換できたのだろう。


「便利だね」

「そうだよな、シノ。俺とも連絡先交換しようぜ」


突然2人の背後に背の高い青年が現れてシノと肩を組む。褐色の肌と黒い髪が特徴的な2枚目である。彼の後ろには取り巻きの男達がニヤニヤと笑いながら控えている。


「テオ久しぶりだね」

「おい、シノに馴れ馴れしくすんなボンボン」

「おーてめえ居たのかよ。小さすぎてわからなかったぜ」


テオが悪い笑みを浮かべてシノから離れる。テオは2人と同い年であり、一緒に”銀の弾丸”の訓練をした腐れ縁である。彼の本名はテオ・ランドル・オースティンと言い、帝国の騎士団長の子息である。甘やかされて育てられたのか、彼の性格は少々高飛車で傲慢だった。彼とカインは昔から仲が悪く、言い換えればライバルのような関係だった。しかし、テオは修行時代にあらゆる分野で一度もカインに勝つことができなかったため、何かと因縁をつけて絡んでくるのだ。


「チビに楽園は危険なんじゃねえのか?」

「そんなチビに負けてる身長だけでかいボンボンは何処のどいつだろうな」

「んだと」

「2人とも、喧嘩はだめだよ」


シノが火花を散らす2人の間に入ると、自分の羅針盤をテオのものにぐいと近づけた。ピロンと軽快な音が鳴る。テオが豆鉄砲を喰らった顔で自分の羅針盤の画面とシノの顔を交互に見つめる。


「ボクと連絡先交換したかったんでしょ?」


シノが長いまつ毛を伏せてにっこりと微笑む。

カインと仲が悪い自分とまさか連絡先を交換してもらえると思っていなかったテオは歓喜した。


「やりましたねテオ様!」「やりましたな!」

「ああ…やったぞ!ありがとうなシノ!」


取り巻きは手を叩いてこの快挙を祝福する。取り巻き達はテオのシノへの淡い恋心に気がついており、その恋路を応援をしていたのだ。シノは自分がまさか彼から想いを寄せられていることを知らず、対してカインは昔から気がついていた。カインは大きなため息をつく。テオとその取り巻きは2人の元から軽い足取りで去っていった。


「はあ、あいつもこのタイミングで楽園に行くのかよ…」

「まあまあ、知り合いが居たら心強いよ!テオも実力あるからね」


見るからにげんなりしているカインをシノが明るく励ます。シノの明るさはカインの支えになっていた。ざわめいていた群衆が突然音を潜めたので、何があったのかと楽園の方を見るとエイデン帝国の騎士団と音楽隊が現れファンファーレを吹き鳴らした。


「鎮まれ、皇帝メテオラ様のお出ましである」


その騎士の声と共に列を連ねていた兵士が一糸乱れぬ動きで左右に避け、奥から小さい皇帝が現れた。


探索者シーカー達よ、よくぞ集まってくれた。我はメテオラ。この国を統べる者である」


エイデン帝国の皇帝は齢14の少年である。先代は4年前に行方知れずになり、子息であった彼が10歳という幼さで即位することになったのだった。幼いながらも叡智とカリスマ性に優れた彼はこの国を立派に収めていた。彼は美しい銀髪の少年であったが、その表情は年齢に見合わず冷たい。彼の後ろには彼と同じ美しい銀髪の女の子が心配そうな顔をして立っていた。


「楽園の中には多くの危険が潜んでいる。未知の生物、厳しい自然、そして天魔…。銀の弾丸シルバーバレットで数多の困難を乗り越えるのだ」


メテオラが銀のステッキを天に掲げると同時にそれは光り輝き、楽園の門がゆっくりと開く。


「貴様たちの幸運を願っているぞ」


探索者シーカーたちはメテオラのその言葉に対して雄叫びをあげると、我先にと門の中へ駆け込んでいく。テオもカインに舌を出すと、大胆不敵な笑みを浮かべて取り巻きとともに先へ進む。周りの勢いに押され、呆けていたカインはシノに手首を掴まれて引っ張られる。


「さあ行こう、カイン」

「...ああ。俺たちで禁断の果実を見つけて、2人で絶対生きて帰るぞ」

「…うん!」


カインの珍しい笑顔にシノは一瞬驚いたが、同じく笑顔になって首を縦に振る。

2人は一緒に門の中に足を踏み入れるのだった。


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