第8話 対の遺物

「疲れたー」


 フォン様の家族たちとの挨拶、つまり王族の会合に参加して、思っていた以上に気を張っていたみたい。

 帰ってから、遺物の研究をする元気もでず、すぐにベッドに入り、いつもより遅めに起きた今も疲れた感じが抜けない。


「そうなのよね……フォン様って王族なのよね……」


 昼食会は、私が喋る必要がなかったから平和といえば平和だったけれど、もし喋る必要があったら大変な思いをしていたに違いない。

 正直、ほとんどの話題についていくことが出来なかった。

 国の統治の話や、国内外で起きている問題など。

 フォン様はきちんと自分の意見を述べていたから、きっと分かる部分も多いのだろう。

 少女だと思っていた第二王女のパメラ様ですら、様々な話題に加わっていた。

 二人の王子妃も例外ではなく。


「私一人異質よね……結局、フォン様が私のどこに興味を持ってくれたのか聞けなかったし」


 パメラ様が到着して話題が一度変わってしまったすぃで、王子妃がフォン様に聞いた話題は流れてしまった。

 気になって仕方がなかったけれど、本人である私から聞くことなどできるわけもなく。

 考えても答えが出るわけもないのに、悶々とした気持ちになってしまう。

 気になるのなら、本人に直接聞けば良いじゃないかと思いながらも、聞くのが怖いような気もして聞けない。


「よし! 考えるにはやめよう! こういう時は遺物を研究しましょう。せっかく身近にたくさんあるのだから!」


 気持ちを入れ替えて、フォン様からもらった装飾品の数々を見つめる。

 一対のイヤリングに大振りの宝石があしらわれたネックレス。

 二つの異なる髪飾り。

 それぞれが別々に職人の丁寧な仕事で作られたしっかりとした箱に収められている。


「どれから調べてみようかしら。そういえば、対になってる遺物って珍しいわよね」


 遺物のほとんどは、地中に埋まっていたり、未踏の遺跡の中から発掘されたりする。

 ところが、遺物とそれ以外のものが区別されて出土するわけではなく、様々な遺跡が見つけられた時期には、遺物という存在の認知が世界的になかったらしい。

 そのため、予想では多くの遺物が捨てられ、壊されているに違いない。

 そもそもどのくらいの時間を経ているのかすら明確ではない遺物が、正常な状態のままであることの方が驚くべきことなのかもしれない。

 そんな理由で、元々は対、もしくは一式で使われていた可能性がある遺物が、そのまま集まっていることはとても珍しいのだ。


「まずはこれを調べてみましょう。板の方は思考が煮詰まってしまってるし。気分転換にも、別のものを調べてみるってのは良いと思うわ」


 一対のイヤリングは、控えめな黄色い宝石が施された、比較的シンプルな出来栄え。

 だけど、宝石の周りを飾る金属は、他で見たことのない素材に見えた。

 金に似ているけれど、金よりも黄色味が薄く、淡く桃色がかっているように見える。

 また、金よりも硬いように感じた。

 試しに魔力を流してみる。


「あれ?」


 もう一度魔力を流してみる。

 もう一度。

 間違いない。


「面白いわ! 片方に魔力を流すと、流していない方も反応するのね!」


 試しに今度はもう一つの方に流してみる。

 すると、やはり流してない方も反応し、魔力の流れが発生した。


「やっぱり対として使われる遺物は存在したのね! ああ! 素晴らしい発見だわ! 今まで定説としてはあったけれど、誰も直に確認できた人はいなかったのに。この目で見ることができたなんて!」


 嬉しさにあまり叫んでから、ふとフォン様はこのことを知らないのか気になった。

 このイヤリングが遺物だと知っているし、元の持ち主だ。

 知らずに持っていたのなら、調べることなどしないかもしれないけれど、知っているのに調べないなんてことがあるのかしら。

 気になって仕方がない。

 別に自分が第一発見者でありたいわけじゃないけれど、実際のところどうなのかは知りたい。

 そう思ったら、迷わず足はフォン様の居室へと向かっていた。


「フォン様。失礼します」

「どうぞ」


 返事があったので、遠慮なく中に入る。

 フォン様は机に向かって何かを読んでいる最中だった。


「珍しいね? アイラは僕の部屋を訪れるなんて。珍しいというか、初めてだね?」

「あ、そういえばそうでしたね。すいません。お邪魔でしたか?」

「いや? でもどうしたんだい? 夜這いをするにはまだ日が沈むには早い気がするけど」

「よ……夜這いなんかするわけないじゃないですか!!」


 フォン様はこうやってすぐに冗談を言う。

 言うのは分かっているのだけれど、思わず反応してしまう。

 きっと、それが面白いに違いなくて、反応すればするほど、次もやられるのだろうと思うけれど、反応してしまうんだから仕方がない。


「そう? 僕はいつでも来てくれて良いんだけれど。アイラが嫌じゃなければ、僕からの行っても良いんだけど」

「待ってください! そういうのは後で! 今はフォン様に聞きたいことがあって来たんです! からかうのは後で!」

「あははは。分かったよ。それで? どうしたんだい?」

「このイヤリングなんですが、珍しい対の遺物です。それはご存知ですよね?」


 落とさないようにしっかりと両手に握って持ってきたイヤリングを、両手を開きフォン様に見せる。

 フォン様は楽しそうな目でイヤリングと私を順に見た。


「もちろん知ってるよ。何か分かったのかい!?」

「ええ。まだ途中ですが。それについて知りたかったんです。このイヤリング。片方に魔力を流すと、もう片方にも反応があるんです。対の遺物が相互に影響し合うという証拠になる現象です。ご存知でしたか?」

「いいや。知らなかった。凄いじゃないか! 初めて確認されたんじゃないかな?」

「私もそう思うんですが……フォン様は、その……遺物をたくさん集めていますが、それぞれをお調べになったことがないのですか?」


 このことは、前から思っていたことだった。

 これだけの遺物を集めておいて、ただ飾るためだけに集めたのだろうか。

 遺物の研究が進んでないとは言っても、それは成果の割に遺物を集めるのに金がかかることが理由として大きく、すでにたくさん集められているのなら、その点は解決している。


「そうか。アイラには言ってなかったっけ。実はね。僕は生まれつき、魔力欠乏症なんだ。調べたくても、調べられないのさ。魔力がないから」

「魔力欠乏症……フォン様。そうだったんですね……すいません。失礼なことを言ってしまい……」


 魔力欠乏症は文字通り大小あるものの誰もが自然と持っている魔力を、一切持たない、あるいは何らかの理由で無いように見える症状をいう。

 魔術を操るには魔力は必要不可欠だから、遺物に施された魔術を研究することは魔力がなければできない。

 ならばなぜフォン様は遺物にここまで強い興味を持ち、収集するのだろう。


「いや。良いんだ。別に普通に生活する分には大きく困ることはないしね。というわけで、知らなかったんだ。アイラが見つけてくれて、それを教えてくれてすごく嬉しいよ」

「あの……前から気になってはいて、聞けてなかったんですが、フォン様は、なぜ遺物をここまで集めているんです?」

「なぜって? そうだなぁ。羨望かな」


 フォン様は私の手の上のイヤリングを一つ優しくつまみ、目の高さに上げ見つめた。


「魔力が無いからこそ、魔力を持つ人のために技術の粋を尽くして作られた遺物に惹かれるんだ。過去、これを使った人たちはどんな凄いことをしていたんだろうって」

「そう……だったんですね」

「あははは。やだなぁ。そんなしんみりしないでよ。言っただろう? アイラが遺物を楽しそうに調べて、分からなかったことが分かったのを聞けるとすごく嬉しいんだ。だから、これからも好きに遺物を研究してよ」

「分かりました! これまで以上にたくさん研究して、出来るだけ多くの成果をフォン様にお知らせ出来るように頑張りますね!」

「あははは。頼もしいな。楽しみにしてるよ」


 フォン様は持っていたイヤリングを私の手に戻す。


「そういえば、片方に魔力を流すともう片方が反応すると言っていたね。それって、前の遠隔操作の魔術みたいに、離れていても出来るのかい?」

「え? いえ。まだそれは調べてませんね。あ、でも。魔力を流すには触れていないといけないし、離れていると魔力の反応があったか分からないし。調べる方法を考えないといけないですね」

「なるほど。例えば、陣を描いてその上に片方のイヤリングを置いて、遠隔操作でその陣から魔力を流すのは出来ないのかな? それならある程度離れても確認できるんじゃないかな?」

「あ! 出来ます! 待ってくださいね! すぐに用意しますから!!」


 フォン様の案に従って、魔力を流すだけという、少し変わった魔術の陣を描き、その上にイヤリングの片方を置く。

 そして、この前作った遠隔操作の魔術で、その陣を発動させる。


「成功です! 私が持っている方のイヤリングに反応がありますね!」

「凄いじゃないか。アイラ」

「いえ。問題はこれからです。離れても効果があるのか。離れてみましょう」


 発動を一旦止めてから陣とイヤリングを部屋の隅に置き、私は対角に立つ。

 再度陣を発動させると、やはり私が持っているイヤリングに反応があった。


「フォン様! この評価は有効そうです! 他にも例えば壁を隔てて出来るのか、とか、どの距離まで出来るのか、なども調べられるかもしれません!」

「あはは。楽しそうだね。アイラ。元気が出たみたいで良かったよ。昨日は疲れたみたいだから」

「すいません。あんなに皆さん良い人ばかりだったのに。でも! 少し時間をください! 遠隔操作の魔術の範囲についてもこれで詳しく調べられそうですし、新しい魔術も思いつきそうな予感がするんです!」

「楽しみにしてるよ。ただ、無理はしないでね。しばらくは出かける予定もないから、ゆっくり時間をかけて調べたらいい」

「分かりました!!」


 その後、フォン様の部屋を出てから、イヤリングと遠隔操作の魔術を使って、様々な検討を行った。

 それと併せて、イヤリングに施された魔術についても研究を続けた。

 その結果、とても便利な魔術をひとつ開発することに成功した。

 どうやらイヤリングは、二つを一人で付けるものではなかったらしい。

 それぞれ一つを、別の人が付けるのが正しい使い方だったみたいだ。

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