第7話 挨拶

「アイラは僕の何?」

「何って……あの……その……妻です」

「だよね! ということは、その装飾品をもらってもいいよね? それとも僕からの贈り物は受け取れないってことかな?」

「そんなことないですけど……」


 うー。

 フォン様って優しい顔しながら押しが強い。

 まぁ、くれるってものを無理に断るのも何か違う気がする。

 妻なんだから。

 自分で言いながら、頬が熱ってるのが分かる。

 そうなのよね。

 私、なぜだか知らないけれど、フォン様の妻になったのよね。

 こんなに素敵な見た目だし、気さくな方だし、優しさも感じるし、何より王子だし。

 いくらでも選べる立場にあると思うのに、何で私なんかを妻に選んでくれたのかしら。


「納得してくれたみたいで嬉しいよ。さぁ、そうこうしている間についたみたいだ。出来てなかったっていう、心の準備は出来た?」

「全然です! でも、こうなったら当たって砕けろです!」

「あはは。大丈夫だってば。じゃあ、行こうか」

「はい!」


 腹を括って、フォン様の隣を歩く。

 女は度胸よ。

 出来るだけ静かにしてればヘマもしないはず。

 国王陛下には宮廷魔術師になった時に一度お会いしているし。

 形式ばかりの授与式の場でだけど。

 きっと大丈夫。

 不安になったら遺物のことでも考えてればいいのよ。


 大きな扉の前に着くと、扉の横の控えている使用人が扉をゆっくりと開いてくれた。

 想像よりも広い部屋の中央に、食堂に置かれている机よりも大きく、そして比べ物にならないくらい高価そうな食卓が置かれているのがまず目に飛び込んできた。

 並べられた椅子や、飾られたものもどれも高価そうだ。


「陛下たちは間も無くお越しになられます。キュリー様はすでにご到着です」

「分かった。ありがとう」


 扉を通る時に話しかけられた言葉が耳に届く。

 キュリー様というのは、確か第一王女殿下。フォン様のお姉様だわ。

 直接お会いしたことはないけれど、とても聡明でお美しい方だと聞いたことがある。

 中へ進むと、物憂げに椅子に座る一人の女性がいた。

 フォン様に聞くまでもなく、彼女がキュリー様だと分かる。

 だって、こんなに美しい方がキュリー様じゃなかったら誰だっていうの?


「まぁ! フォン。珍しいじゃない。みんなより早く着くなんて」

「やめてよ、姉さん。まるで僕がいつもみんなを待たせてるみたいじゃないか」

「あら。みたいじゃなくて、待たせてるんでしょう? そんなことより。あなたが変わり者のフォンの意中の女性ね? キュリーよ」

「お初にお目にかかります。アイラと申します……えーと、お会いできて嬉しいです」

「あはははは! 緊張しないで? 結婚したがらないフォンがようやく重たい腰を上げたんだから。みんなあなたに感謝しているのよ」


 キュリー様は華やかな笑みを作る。

 もし私が男性なら、この笑顔ひとつで恋に落ちるのかもしれない。

 そう思うくらいに素敵な笑顔だ。


「結婚したがらないっていうけど、自分だってまだ独身じゃないか。姉さん」

「私はお父様がお許しになってくださらないのよ。周囲の国に嫁ぐにしても、国内の貴族に嫁ぐにしても、あまりパッとしないのだから仕方ないわね。来るべき時が来たらすぐよ、すぐ」

「とか言いながら、マイザー侯爵家の嫡男と良い仲なのは、父さんも知ってると思うけどね。彼も頑張ってるみたいだし、そろそろ許しが出るんじゃない?」

「あら、やだ。自分のことは疎いくせに、他人のことには敏いのね。どこで聞いたの?」

「疎いんじゃなくて、きちんと知ってるだけだよ。ほらほら。アイラが置いてけぼりになってるよ。今日は彼女の挨拶のために集まったんだからね」

「あの……お構いなく……」


 その後、両陛下と二人の兄王子殿下が集まり賑やかな昼食会が開催された。

 妹の第二王女殿下は、急な用事があり遅れるらしい。

 兄王子殿下たちはどちらも王子妃を帯同していた。

 簡単な挨拶の後は、それぞれが思い思いの話題を自由に話してくれていたおかげで、私は必要以上に話すこともなく、思いの外平和な時間が流れた。

 安心していたら、第一王子の王女妃の何気ない言葉で、私の鼓動が速くなった。


「そういえば、フォン様。アイラ様のどんな魅力に惚れたんですの?」


 私が知りたいくらいの質問だ。

 本当に、フォン様は私の何が気に入って結婚を申し込んだのだろう。


「アイラの魅力ですか……そうですねぇ」


 フォン様は考えるような仕草をしておもむろに口を開いて――


「遅くなりました!」


 可愛らしい声と共に、声よりももっと可愛らしい少女が部屋へ入ってきた。


「パメラ。遅かったじゃない。珍しいわね?」


 パメラと呼ばれた少女、第二王女殿下は、入ってきた時とは対照的に、優雅な仕草で椅子に座る。

 他の兄弟とは歳が離れているようで、美しいということばがよく似合うキュリー様に対して、可愛らしいというのがとても似合う方だ。


「ごめんなさい。そんなことより! 貴方がアイラ姉様ね。パメラよ。フォン兄様はかなり変わってるけれど、根は良い人なの。妹の私が保証するわ。末長くよろしくね」

「あの……はい! こちらこそよろしくお願いします」


 まるでお人形さんみたいなパメラ様に笑顔を向けられ、思わずドキドキしてしまった。

 フォン様のご兄弟は全員心臓に悪いわね。

 いい意味で。

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