第5話 コロッと

「うーん。ここがこうなってるわけよね? だったらなんでこっちがこうなるのかしら……ダメだわ。やり直し」


 フォン様から借りている板状の遺物を調べているのだけれど、突破口が見つからず思考の袋小路に入り込んでしまった。

 とても複雑なことをするための道具として使われていたように思えるのだけれど……

 遺物を両手で掲げ、近づけてみたり遠ざけてみたりしていると、フォン様が近付いてきた。


「やぁ、アイラ。今日もその遺物と睨めっこかい?」

「そうなんです。最低限の機能は分かったんですが」

「え!? もう? 時間がかかるって言ってたからまだまだ分からないと思ってたんだけど。どんなことが分かったんだい!?」


 話しかけてきた時とは明らかに違う勢いで、フォン様が聞いてくる。

 遺物に興味がある人が私以外にいるということだけでも嬉しいのに、そんなふうに聞かれてしまっては答えないわけにはいかない。

 内心うきうきしながら、口を開く。

 今までで分かったことを仮説も含めて話してあげちゃう。


「まずはこの遺物の用途は、何か別の魔術もしくは遺物を操作するために使われていたようです」

「別の魔術を操作する?」

「ええ。しかも対象は一つではなく、使い方で複数もしくは数えきれないほどのものを、操作できたと予想できます」

「どうしてそんなことが分かるんだい?」


 フォン様は机に置いた遺物をまじまじと見つめながら、問いかけてきた。

 私は遺物の上に魔力を帯びさせた指を滑らせる。

 魔力に呼応して、遺物の表面に青白い燐光が浮かびがっては消えていく。


「魔力の込め方や指の動かし方などで、反応は大きく違うんです。もし単一の動作をさせるだけなら、このようなことが起こるはずがないので」

「なるほどね。そこまで分かっているなら、何を悩んでたんだい? 肝心の操作する側が分からないとってことかい?」

「いえ。私の目的は遺物の研究を経て、今使える魔術を作ることですから。本当は遺物を作れれば一番良いのですが、現在の技術では遺物が作れないことは明白ですし」

「失われた技術か。考えただけでゾクゾクするね」


 失われた技術。

 遺物を遺物たらしめる理由。

 それが遺物を作っていた時代には存在していたと考えられる、超越的な技術の数々だ。

 遺物の多くは作り方も分からない未知の素材で出来ている。

 もしくは加工の仕方が分からないものも多い。

 さらに施された魔術はまるで深淵を覗くように深いとされている。

 過去に多くの魔術研究者たちが研究して、挫折し、それ以降は私のような物好きしか見向きしなくなってしまった。

 私から言わせれば、こんなに興味深くて楽しい研究対象があるのに、研究しない理由が分からないけれど。


「実はもうこの遺物を元に一つ、魔術を考案してあります」

「え!? 魔術を作ったって!?」

「はい。予め設置しておいた魔術を、遠隔操作で発動させることが出来る魔術です。試しにそうですね。ここに風を起こす魔術を施しますね」


 私は机の上に陣を描いていく。

 魔術には自分の身体を直接媒体にして使うものと、陣を使うものがある。

 大きく分類すれば遺物も陣を使うものだけれど、こちらは別格というか、現状では再現出来ない。

 私が描いた陣は一定時間緩やかな風を発生し続ける魔術。

 以前私が遺物の研究から開発した、出力を弱める代わりに長く維持する方法を使っている。

 宮廷魔術師の人たちに報告したら、使い道が分からない、と一蹴されてしまったけれど。

 思うんだけど、宮廷魔術師に所属する人たちってみんな最大火力至高派の脳筋が多い気がするのよね……


「出来ました! これって本来なら描き終えた時か、何か発動するきっかけを施すものなのですが!」

「何か発動するきっかけ?」

「ええ! 例えば予め決めた時間が経過するとか、何かがこの陣に触れるとか。魔獣が仕掛けに触れると発動する魔術などが良く使われる例ですね!」

「なるほどねぇ……それにしても。相変わらず遺物や魔術の話になると生き生きとするね。アイラは」

「え? そ、そうですか? 興奮しないように気を付けます……」

「あははは。そのままでいいよ。いや。そのままがいい。君の魅力の一つだと思っているよ」


 えええええ!?

 フォン様って冗談でもそんなこと言っちゃダメですよ!

 見た目も良くてこの国の王子で、しかも遺物に理解がある男性がそんな表情で、言ったら大抵の女性はコロッと騙されちゃいますよ!?

 お世辞だと分かっていても嬉しくなっちゃいますからね?

 あれ?

 そういえば、すでに私はフォン様の妻なんだから、今更コロッといったとしても問題ないのでは?

 いやいやいや。

 それとこれとはなんか違う。

 きっと違う。


「アイラ? どうしたの? この陣をどうするんだい?」

「え? あ! すいません! ちょっと、妄想……じゃなかった! とにかく! この陣にはこれまでのものとは少し違う方法を取り入れてます。こっちにもう一つ陣を描いて……」


 適当なサイズの石にもう一つの魔術の陣を描く。

 これが今回の遺物の研究で作ったもの。


「出来ました! いいですか!? いきますよ!? はい!!」

「わ。風が出たね。誰も陣には触れてないから時間経過……ってわけでもないんだろう? そっちの石が関係してるんだね?」

「はい! この石に描いた陣を使うことによって、他の陣を遠隔操作できるんです! しかも! えい!」

「おや? 風が止んだね?」

「そして……えい!」

「また風が出た。へぇ! 以前習った時には、魔術というのは一度放てば止められず、無理に止めたら再度構築し直さなければならない。と聞いたはずなんだけど?」


 その通り!

 って、あれ?

 フォン様って思ってたより、魔術に詳しいのかも?

 偉そうに語ってたけど、実は魔術の発動方法なんて、とっくに知ってたのね。

 恥ずかしいー!

 でも、もうこうなったら開き直って、ぜーんぶ説明しちゃうもんね!


「そうなんです! フォン様も、今までは魔術は出したら出しっぱなし。なので、威力を弱めて長く続く魔術の使い道が中々見つからなかったわけですが!」

「発動と停止を自由に、しかもある程度離れても出来るようになったから、色々な可能性が広がった、って訳か。凄いじゃないか」

「わぁ! それ私のセリフです! 返してください!!」

「あははは。ごめんごめん。次からは気を付けることにするよ。でも、思っていた以上の成果なんじゃないかな?」

「でもこれは……公表しない方がいい気がするんです」

「え……? 何か問題があるのかい?」


 そう聞きながら、フォン様は優しく笑って私の頭を撫でた。

 いやいやいやいや!

 だから、いきなりそういう不意打ちはダメですよ!?

 え?

 でも、妻ってこういうことされて狼狽えるのも変なのかしら?

 どうなのかしら?

 

「例えばですが、魔獣を倒すとして、近付くのは危険だから陣を使って倒すとしましょう。今までは触れるか一定時間が経ったら魔術が発動するような仕組みしかありませんでした。その場合、魔獣が陣に触れてくれないかもしれないし、時間通りに近くにいないかもしれません」

「そうだね。失敗の可能性がそれなりに高そうだ。でも、今度の方法を使えば、遠隔で術者のタイミングで発動させられるのだろう? 安全で視認できる位置にいれば、成功率は格段に上がる……あっ!」

「そうです。成功率が上がってしまうんです。暗殺に使おうとした場合も」

「なるほどね……魔術で殺すのは、魔獣だけじゃないってわけか。まさかアイラがそんなことまで考えてるとは思わなかったよ」

「魔術には便利さと危険さが共存するというのが常ですから。でも! 上手く使えば絶対便利なんですよ!」


 魔術を誰がどう使うのかが問題なのであって、魔術に良い悪いはない、というのが私の自論。

 だけど、だからといって全ての責任を放り投げる気持ちにもなれなくて。

 ただ、研究したいのは自分の一番の欲求だから、そこだけは自分に嘘をつきたくない。

 できれば魔術を使う人が、全員便利さを求めて使ってくれたらいいのだけれど。


「分かった。ひとまず、この魔術の発動の方法はアイラと僕だけの中に留めておこう。ただ、確かに使い方によっては国民たちの生活を豊かに出来そうだから、しかるべき時に、予防線を出来るだけ張った状態で公表出来ればと思う。いいかな?」

「ありがとうございます! そこまで考えてくださるなら、私も安心です!」


 フォン様は再び私の頭を優しく撫でてくれた。

 だから!

 そういうことされるとコロッといっちゃうんですからね!?

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