第2話 求婚相手は王子様
「うわぁ……王宮ってこんなに人が集まるんだぁ」
正直なところ、仮面舞踏会どころか普通の舞踏会すら参加するのは初めてだった。
最低限のルールやマナーは小さい頃から嫌と言うほど学んだので問題ないけれど。
舞踏会がどういう目的で開催されるのもちゃんと知っている。
若い男女が相手を求めて踊るため。
ただ、全員が仮面を付けた仮面舞踏会は気を付けなければいけないこともある。
相手に求めるものが一夜限りの関係であったり、爵位を持たない一般人も参加できること。
その二つはきちんと注意しないと。
私が見つけないといけないのは、将来伯爵位を存続出来る、生涯の伴侶なんですから。
「踊りかぁ。得意ではないし、別に好きでもないのだけれど。壁の花よりはましなのかな」
相手を引き連れて参加する人は、そのまま二人で踊ったり、相手を入れ替えて踊ったりと出来るけれど、一人で参加している私は、声がかかるのを待たなければならない。
壁側で声をかけられるのを待っているのだけれど、ずいぶん待っても一向に声がかからない。
なんでだろう?
周りに同じように立っていた令嬢たちはすぐに声がかかって踊りに入ったのに。
「もしかして……私、魅力がこれっぽっちもない?」
どうしよう……お母様には必ず一人でも相手になるような方とお知り合いになるようにって言われてるのに。
きっとお母様のことだから帰ったら根掘り葉掘り聞いてくるわよね。
そんなことを考えていたら、ようやく一人声をかけてくれた人がいた。
「お嬢さん。ちょっといいかな?」
「はい。喜んで」
仮面で顔は見えないけれど、声は素敵だ。
高すぎず低すぎず、よく通る割に耳あたりも良い。
あまり知識がない私にも分かるほど、身なりもしっかりしていて高級そうな物を身に付けている。
だけど私の気持ちは一点に集中していた。
彼の目元に着けられた仮面に。
「あの! その仮面、遺物ですよね!?」
外行きの声など忘れて素の声で大声を出してしまった。
言われた男性は少し驚いたのか、仮面の奥の目が開いた。
幸い会場はすでに騒がしく、私の声に反応した人は目の前の男性以外誰もいないようだ。
「どうして分かったの? そういう君のブローチも。それ遺物だよね?」
なんてこと!
まさか、こんなところで遺物を身に付けた男性と会うとは思っていなかったし、私のブローチが遺物と分かるくらい遺物に詳しい人に会えるなんて思いもしなかった!
当たりよ、当たり。
大当たり!!
と、思ったけれど。
もしかしてこの男性の興味って、私本人じゃなく私の付けたブローチ?
「遺物にはそれだと判断するいくつかのポイントがあるので。その仮面は中でも分かりやすい部類ですね」
「うん。でも、そうだって指摘してきたのは君が初めてだよ。そっちのブローチは、一目じゃ分からないね。気になって見てたんだけど分からなくて。それで声をかけたってわけ。で答えはどっちかな?」
残念!
やっぱり興味は私じゃなくてブローチでした!
でも、真贋ははっきりしなくても、そうだと思っただけでも、実際すごいのよね。
私も遠目で見てすぐに判断つくか、って言われたら自信ないし。
ここは素直に答えを教えてあげましょう。
出来ればその流れで踊りにでも誘ってもらいたいところだけれど、私、そういうのは得意じゃないのよね。
「おっしゃる通りこのブローチも遺物ですね。正直、遠目でこれを遺物だと疑うだけでも凄いと思います」
「ははは。嬉しいな。初めて遺物のことで褒められたよ。君は名前は?」
「アイラ。アイラ・ペンシルと申します」
「アイラか。良かったら僕と踊らない? さっきから見てたけど、連れはいないんだよね?」
「ええ! 喜んで!」
名前を答えてから、仮面舞踏会では自分のファミリーネームをいきなり名乗らないということを思い出して内心慌てた。
けど、相手も気にしていないみたいだし、いいわよね?
それに踊りも誘ってくれたし。
壁際からホールへと移動して、私たちはゆっくりと踊り始めた。
相手は踊り慣れているのか、私が少しぎこちない動きをしても、きちんとフォローしてくれる。
とても踊りやすい。
踊りながら男性は遺物に付いて色々と質問をしてきたので、私は嬉しくなって答えていた。
「アイラ。君はとても遺物に詳しいみたいだね。遺物のことは好きかい?」
「ええ、とても! 出来ることなら、一生遺物に囲まれて暮らしたいくらいです!」
「ははは。まさか僕と同じことを言う女性がいるなんて思わなかったな。一人でここに来ているってことは結婚相手を探しているんだろう? 僕じゃだめかな?」
「え!? あの……私でいいんですか!?」
いきなりの告白にとんでもない返しをしてしまった。
結婚相手を探しに来ているんだから、それこそ喜んでと言わなくちゃなのに。
あ、でもこれだけはちゃんと聞いておかないと。
「あの……あなたのお父様は爵位をお持ちかしら?」
大事なことよ。
きちんと確認せずに結婚の約束をしたなんてお母様に知られたら、大変なことになるもの。
といってもこれまでの言動や身なりで大丈夫だって思っているけど。
……大丈夫よね?
なんで黙ってるのよ。
もしかして爵位ないの!?
「父上は爵位をお持ちじゃないんだ」
「嘘でしょ!?」
思わず声に出してしまった。
ところが男性は不思議なことを言い出した。
そういえば、いまだに名前も聞いてなかったわね。
「でも僕はすでに爵位を持っている。それじゃダメかな?」
「あなたがすでに爵位を? それならきっと問題ないわ! ……えっと、お名前を聞いてなかったわ」
「僕の名前はフォン。それで、僕の質問の答えは?」
「喜んで。といっても、これからどうすればいいのか分かってないけれど」
「良かった! アイラとの婚約を父上に認めてもらわないといけないから。近いうちに迎えに行くよ。ペンシル伯爵家に。それじゃあ善は急げだから僕はもう行くよ! 今日は楽しかった! 気を付けて帰るんだよ!!」
「え……? あ、行っちゃった……」
一人にされてしまった私は、他の誘いもなさそうなので王宮を後にした。
帰ったらお母様から聞かれたので、フォンという男性から告白されたことを伝えた。
ただ、どこの誰か分からないと言うと、呆れた顔をされてしまった。
「からかわれたのよ。仮面舞踏会はダメね。次は普通の舞踏会になさい」
「でも、近いうちに迎えにくるって……」
「この子ったら……今回のことは忘れなさい。いいわね?」
言い返すことも出来ず、本当に来るのかそれともお母様が言う通りからかわれたのか分からないまま数日が過ぎた。
今夜は再び舞踏会だと準備をしていた時、お母様が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「アイラ! あ、あなた! 何をしたの!?」
「落ち着いて。お母様。どうしたんです?」
「落ち着いていられますか!! と、とりあえず。ロビーに向かいなさい。失礼のないように! そうだ! あなたー!! あなたー!! 大変よ!!」
来た時と同じくらいの勢いでお父様を呼びに部屋を飛び出していってしまった。
なんだか分からないけれど、言われた通りロビーに向かう。
すると、見覚えのある男性がにこやかな表情で、私に向かって手を振ってきた。
見覚えがあるけど誰か分からない。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、男性は少し不機嫌そうな顔をしてから、懐から仮面を取り出し顔に当てる。
「フォン!」
「ははは。そういえばまだ僕の素顔を知らなかったね。でも、僕はすぐに君だって分かったのに。傷付くなぁ」
「あなたが気付いたのは、私が前と同じドレスを着ているからでしょう?」
夜会の度にドレスを新調出来るほどお金の余裕がない。
単純な理由で同じドレスを着ているけれど、フォンはこの間とは全く違う服装をしていた。
今回も高そうだし、格は前回より上だ。
そんな格の高い服装も着慣れているのか、フォンは自然体に見えた。
「フォン殿下! 突然どうされました!? 先触れもいただいておりませんでしたが?」
「お父様。殿下って? この方をご存知なの?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ! この方はフォン・クリップ・ハイライター殿下。この国の第三王子だぞ!」
「王子……様。だったの?」
「あはは。まさか気付いてないのに僕の求婚を承諾してたなんてね。質問がおかしいと思ったんだ。さぁ、約束通り迎えに来たよ。父上の許しも受けてる」
「えええ!?」
宮廷魔術師を解雇された私は、なぜかこの国の王子様と結婚して、再び王宮に訪れることになった。
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