解雇された宮廷魔術師は研究したい

黄舞@9/5新作発売

第1話 解雇と結婚

「アイラ。今日を持って君を解雇する。これは正式な通達だ」


 数々の研究対象に囲まれながら、今日も楽しく仕事に励むぞと気合いを入れていた矢先。

 私が所属する宮廷魔術師たちを実質的にまとめる副団長のシザーさんからの突然の通告に、目を見開いてしまった。

 か、解雇!?

 解雇って辞めさせるって意味の解雇だよね!?


「ど、どういう意味ですか、シザーさん! 解雇なんて困ります!」

「正直、僕も本意ではない……が。正式な通達だと言っただろう。今からどう足掻いても覆すのは無理だ。ほら」


 シザーさんがピラッと突き出してきた紙には、私が宮廷魔導師としていかに無駄遣いをしていて無用の長物であるかが嫌味なほど書かれている。

 最後には形式的な責任者である団長のイレイザーさんの署名、そしてまさかの国王陛下の印まで押してあった。

 これは確かに私がどんなに声を上げても徒労に終わる未来しか見えない。


「間違いなく団長の独断だろうなぁ。まぁこうなっては仕方ない。ここに書かれていることが嘘ってなら抗議も出来るが、側面的には事実だからな。金食い虫なんて、的確な表現だと思わないか?」

「うっ……そう言われるとぐうの音も……」

「しかし、団長の拝金主義にも困ったもんだ。目先の儲かるかそうじゃないかしか興味がないんだから」

「私の研究も遠い未来には役に立つと信じてるんですがね」


 国中で魔術に優れた者だけがなれる宮廷魔導師。

 いずれも身に秘めた魔力も魔術の知識も理解も他の者よりもずば抜けて高い。

 そんな宮廷魔術師の主な仕事は、国内や国外に棲息し住民や様々な採掘施設に危険をもたらす魔獣の駆逐。

 誉高き騎士として、国民の安全を守り、魔獣討伐から得られる様々な利益を国にもたらす。

 危険を伴う仕事も相まって待遇も良く、所属を夢見る人々は多いが、毎年の入団試験の狭き門を潜れずに涙を飲む者は後を絶たない。

 そんな入るのが難しい宮廷魔術師になったのには大きなワケがあるわけで。

 突然解雇されてしまっては、私のもとい夢が出来なくなってしまうので非常に困る。


「実戦に赴き、魔獣を狩るだけが魔術師の本分ではない、だっけ?」

「はい! 世界には遺物と呼ばれる今の知識や技術では到底作り出せないような物が多く出土しています! それを研究し読み解くことで、より便利な魔術を作り上げることが出来るようになんです! 例えば――」

「はいはい。アイラのご高説は何度も聞いたから耳タコだよ。しかしなぁ。実際僕たちの役に立ったのは、『複数の魔術を融合させる方法について』の研究くらいだろう? あれだって実戦ではなかなか難しい。相性がいい仲間が常に近くにいるなんて限らないからね」


 シザーさんは両手の手のひらを上に向けて、肩をすくめる仕草を見せた。

 私が宮廷魔導師に選ばれた際に提出した小論文を元に完成させた理論だけれど、残念ながら宮廷魔術師の間では人気のほどはいまいちだ。

 

「練習すればもっと簡単にいくはずなんですが」

「それこそ、さ。自分が一番天才だと思っているような奴らばかりだ。誰かと協力するなんて命令ですら嫌で仕方ないだろうさ」

「エリート意識も困ったものですね」

「君、そのエリート集団の副団長の僕にそれを言っちゃう?」


 その後シザーさんから解雇通告書を受け取り、短い手続きを済ませた後、私は重い足取りで実家へと戻った。

 出迎えてくれたお母様は、とってもニコニコしている。

 あ、これは私が解雇されたことを知っているに違いない。


「お久しぶりです。お母様。お元気そうでなによりです」

「まぁ。アイラ。よく戻りましたね? あんな野蛮人のたちと一緒に過ごすと言い出した時は、目が回り倒れそうになりましたが。ようやく淑女としての本分を弁える気持ちになってくれたのね」

「お母様。お言葉ですが、宮廷魔術師は野蛮人の集まりではありません。確かに粗暴な方も中にはいらっしゃいますが……」

「そんなことはどうでも良いことよ。さぁ早速用意しなさい。今夜は仮面舞踏会が開催されるわ。そこで良い殿方を見つけてきなさい」

「今からですか!?」

「これでも遅すぎるくらいよ。あなたが無茶な要求をしたりするから。受かるなんてこれっぽちも思っていなかったのに、嫌になっちゃうわ」


 伝統はあるペンシル伯爵家としては、一人娘の私に貴族へ嫁がせて、存続させたいらしい。

 すぐに婚約者を、と息巻くお母様の制するために、宮廷魔術師になることが出来たら、婚姻を待ってほしいと約束にこぎつけた。

 お母様は無理だと踏んだので、お父様に。

 私に取っては爵位なんて飾り物にあまり興味はないのだけれど。

 それでも今まで好きなことをさせてもらってきたのだから、これが潮時ね。

 宮廷魔術師を首になってしまった以上は、お母様の要求通り結婚して、貴族としての役目を果たさないと。

 私に取ってはとーっても退屈な役目に思えてしまうけれど。


「分かりました。それでは用意してきます。ところで……なんで普通の舞踏会じゃなくて、仮面舞踏会なんですか?」

「だって……アイラの容姿なら、顔を少しでも隠せた方が殿方の心を引けるでしょう?」


 言われて自分の姿を眺めて妙に納得してしまった。

 今まで自分に体型なんて気にしたことがなかったけれど、使える武器は最大限有効に使え、ということか。

 目一杯のおしゃれを施され、私は王宮へ向かった。

 今日ここを出る前とは、全く異なる理由、婿探しを目的として。

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