第32話 時間が巻き戻っちゃいました

 暗闇の巫女は扇子を胸元に戻し。

 舌打ち紛いに言う。



「……っ。参ったなぁ。素顔を見せる気はなかったのに」



 暗闇の巫女は深い溜息の後。

 懐中時計を開く。



「まっ、なかったことにすれば。モーマンタイ(問題ない)っしょ」




 妲己は開かれた懐中時計を見ると。

 目を見開く。



「な、なんで貴女が其の時計を持っているのです」



 暗闇の巫女は笑みを浮かべ。

 口元を緩める。



「さぁ、何ででしょうね。まぁ、もうすぐなかったことになるのだから。悩むだけ無駄よ」



 暗闇の巫女はそう言うと。

 勢いよく懐中時計の蓋を閉めた。



 全ての時が止まり。



 あらゆる生物の動きが止まる――。



 自転すらも停止し。

 


 暗闇の巫女だけが唯一。

 動くことが赦された。



「はぁあ。こんな下らないことで。此れを使うとはね。……さて、何処まで修正しようかしら。うーん。もう面倒ね。半刻前に戻しましょう」



 暗闇の巫女はそう言うと。

 懐中時計を操作し。

 半刻前に時間を合わす。



「……一時代に一度しか使えぬこの神具を。こんな下らないことで使うだなんて。先が思いやられるわね」



 暗闇の巫女はそう言うと。

 指を鳴らした。



 世界に歪みが走るが。

 誰も其れに認識できぬまま。

 時は遡る。



 推哆は緩やかに目を開くと。

 


 碧が桀王に説得している場面に。

 戻っていた。



「王さんよ。もう一遍、自分で考えてから結論を出せ。……アンタが歩く道は、コイツが造った道でも、暗闇の巫女が造った道でもねぇ。アンタが歩く道は、アンタ自身が描き。造り上げた道だ」



「余が描く、道、であるか」



「この頭ん中で描いた道だけが本物の道だ。……さぁ、心のキャンパスを開け。鮮明に描いた其の絵は、必ず、実現する」



 碧は桀王と先と同じ問答をしていると。

 推哆は深い溜息を吐いてから。

 妲己に近づく。



「ねぇ、妲己。そんなに私を見つめて。どうしたのかしら」



「ほぇ? どうして私の名前を知っているのです」



「貴女は色んな意味で有名だからよ」



「ツンデレさん。もう私、此の時代で有名人になれたみたいですよ」

「悪い意味で有名になってるだろうな」



 青年が突っ込み紛いに言うと。

 推哆は妲己とのすれ違いの狭間に。

 耳元で呟く。



「何を考えているのかわからないけど。精々頑張りなさい。……偽りの夢を叶える為にね」



「…………」



 妲己の表情が固まり。

 今までに見せたことのない。

 目に変わる。



「それでは、ご機嫌よう」



 推哆は笑みを浮かべたまま。

 王室から退出していった。



 青年は妲己の雰囲気が。

 変わったことに気づき。

 躊躇いながらも声を掛ける。



「どうしたんだ。妲己。何か言われたのか?」



「……いえ。なにもありませんよ。ええ、なにも」



 妲己の尋常ならざる圧に。

 青年はそれ以上。

 聞くことを躊躇われ。

 言葉が出なかった。



 碧と桀王の会話も。

 先の内容と一言一句同じであり。

 王師の男が同じ言葉を言う。



「調停者の二人と加護を得た英傑が一人。そして王師が一人いれば。十二分に王都を守ることが出来ると思われます」



「こ、昆吾伯は二千を越す兵を動かせるのだぞ。其れを、たかだが四人で押さえれるとでも言うのか」



「ええ、可能です」



 王師の男が端的に返すと。

 妲己は袖から。

 回転珠を取り出し。

 自らを落ち着かせる為に。

 撫ぜていると。

 足を滑らせた。



「…………あっ」


 回転珠は碧の後頭部目掛けて。

 発射される。



 回転珠は勢いを持って。

 碧に突き進むが。



「はっくしょん!」



 碧がくしゃみしたことで。

 上手く躱し。



 玉座に向かって。

 一直線に進む。



「ひっ!」


 桀王が身じろぎすると。

 王師の男が前に立ち。

 剣を抜刀する。



 妲己が悲鳴に近い声を出す。


「か、か、回転ちゃんを傷つけないで下さい。回転ちゃん。一瞬消えて下さい」



 妲己がそう言うと。

 回転珠は透き通り。

 王師の男が振るった剣は空を切り。



「……ごっふ!」



 桀王に直撃した。


 跳ね返った衝撃で。

 回転珠が妲己の元に戻ってくる。



「はわわわわ。き、傷はないですか。……ふぅ、無傷です。良かったです」



 桀王は項垂れて。

 気を失っており。



 王師は引きつった笑みのまま。

 剣をもったまま妲己に近づいていた。




 次回。 



 妲己ちゃん。

 弁明した結果。

 二人を巻き込む。


 

 お楽しみに。

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